3月4日に「Chikirinの日記」で公開されたエントリー「実は面倒な電子書籍」について、「この言説をそのまま放置できない!」と匿名でのタレコミがありましたので代理公開します。
ちきりん氏の電子書籍論がウソだらけな件
ちきりんという評論家だかコンサルだか、匿名だか有名だかわからん人が、「実は面倒な電子書籍」(魚拓)というエントリーで、ウソ八百並べてる。
まあ、紙の媒体は言うにおよばず、ネットにおいてもいわゆる「評論家」のものする「電子書籍論」というのはデタラメ、というのは業界の常識なので、今回もスルーしようかと思ってたけど、今回はほっとくと実害が及びそうなのでここで釘を刺しとくことにしますね。
で、全体は3部構成になっているが、そのどの部分もおかしい。なんというか、実際に手を動かさないで(ってこの人、セルフで電子書籍出してるはずなんだけど? 誰かにやってもらったのか)、ものすごい遠いぶどう畑からの聞きかじりの知識と上っ面の印象で書き散らした感じ。以下、おかしな点を具体的に指摘します。
「1.電子書籍を作るのは紙より面倒」では、本を作るプロセスを紹介して、紙の本と電子本の作り方は途中までは同じ、なんてさらっと書いてる。
いやいや、そんなはずないでしょ。普通に考えて。
紙・電子で共通とされているステップ――「本の大きさ、文字フォントやページデザイン(を決める)」「タイトルを決めて章扉を付けてページ数を確定させ(る)」って、どっちも電子書籍で、できるわけないじゃん。電子書籍で「本の大きさ」ってそもそも何?
電子書籍にもいろいろあるが、ちきりん氏がここで念頭に置いてるのは、「リフロー型」といわれるものだと思う。いわゆる「文字もの」の本ですね。
「リフロー型」の電子書籍は、(ちきりんと違って)ふつうに電子書籍を読んでるみなさんは先刻ご承知のように、ユーザーの設定しだいで文字の種類、大きさや行間を変えられるのが特徴。
老眼が厳しいオヤジは文字を大きくして楽に読めるし、逆に若人は文字も行間も小さくして早く読める。書体も、明朝で読みたい人は明朝に、ゴシックにしたい人はゴシックに変更できる。これがメリットなわけ。
だから編集(出版社)側でそれをあらかじめ決めるなんてできないし、すべきでもない。そして、文字の大きさが可変なのだから、ページ数も可変。当然だよね。結論。ページ数指定しても意味ありません。というか誰もやってないよ。
というわけで、もうこの冒頭のところから頭が痛くなってくるのだが、次の段落
「この(入稿、原稿指定、校正などのプロセス)後、紙の本だけなら、印刷する紙の種類を決めて、上記原稿のファイルを印刷会社に送れば終わりです」
「終わりです」! おいおい、校正はどうなったの??? 印刷会社からゲラを送ってもらって、校正するんだろうが。この人「校正」って意味がわかってるんだろうか・・・??
DTPデータを責了で送ったとしても、「終わりです」にはならない。当たり前の話だが、その後印刷、製本、配送、店舗での陳列という長い長いプロセスを経て、初めて紙の本はあの形になり、読者に届けられる。
そうした過程をまるっと省略して、電子書籍の制作と比べて「電子書籍の方が面倒」って、比較対象がそもそも間違ってるでしょう。
もう勘弁してほしいんだが、次の段落には、もっと決定的なことが書かれている。
「(紙の本なら「原稿ファイル」は一つ で済むが)この本を電子書籍で出そうと思うと、『一種類の電子書籍ファイル』を作るだけでは済みません。電子書籍には、様々なフォーマットがあるからです」
えーーーーーと。
「様々なフォーマット」はありません。「EPUB」という国際規格がありまして。
今はみんなそれで作ってます。「様々なフォーマット」があったのは、昔の話です。みんな大好きAmazon KindleもEPUBで入稿ですよ(最終的にはKindleのフォーマットに変換するけど、技術的にはこれもEPUBの仲間)。
ちきりんさん、もしかして過去からタイムリープしてきてませんか? それとも、ただ無知なだけ??
「『めっちゃたくさんある』フォーマットや端末のすべてでトラブル無く読める電子書籍ファイルを同日配信できるように仕上げるのは」紙の書籍よりも大変、とか書かれてますが、これもウソ。
確かに、5年前くらいはこのような状況もありえたが、今はない。電書協ガイドってのがあって、そこの仕様に従って作ってれば、基本どこのストアにも配信できます(※末尾に鷹野より追記)。
まあ膨大な注が入ってるとか、特殊な文字、特殊なレイアウトの本だとトラブルがないわけじゃないけど、それは紙の本も同じ。特殊な書体、特殊な紙、特殊な造本、特殊な印刷、特殊な塗料を使った本だと、何度も何度もやり直すのは普通にあります。両方作った経験から言わせてもらえば、紙の方が何倍も大変ですよ。
ちきりん氏は本を何冊も出しているわけだけど、そういう複雑な本を書いたことがないんではないか。半径3メートル以内の観測を勝手に一般論にしないでほしいところ。というか印刷・製本の工程を見たことがないだけでは?
そもそも、この後で、「電子書籍の制作は外注できる」って書いてあるんだけど、それって紙の本の印刷・製本を外注するのと、どう違うんだろう???
・紙の本:印刷所に丸投げできるから「面倒じゃない」
・電子書籍:制作会社に丸投げできるけど「面倒」
意味がわかりません。
「(電子書籍の制作を)外注費も発生するし、リードタイムも必要となります」
???
印刷・製本には費用が発生しないんですか? リードタイムはないんですか?
その次に「本の内容紹介や価格や出版日」を入力しなければならないから電子書籍は面倒、なんていう話も出て来るが、あのー、それ紙の本でも同じです。
トーハン、日販などの取次に出すもの、Amazonに出すもの、それぞれ編集部経由で販売部の担当者が入力してます。最近では「近刊情報センター」というところに発売のかなり前に登録します。
というか誰かが入力しなけりゃ流通にまわせるわけないだろ。著者が思いついたら天使が書店にメッセージでも送ってくれるの?
この人、いちおうコンサルらしいんだが・・・ふだん本業でどんなコンサルしてんだろ。流通のワークフローとか総費用とか、コンサルに必須な概念がまるきり頭から抜け落ちている気がするんだが・・・。
なるほど、確かに「ゆるく考えよう」という本を出しているだけはある。
けど、ゆるすぎて理解が「面倒」です。
「1」だけでおなかいっぱい。「2」「3」も指摘しようと思ったが、今日はこれまで。
と、筆をおこうと思ったが、これ、何もわかってない出版社のオヤジがソースの可能性があるね。そう考えると、暗澹たる気分になるな・・・。
「反響があったら2と3についても書きます」とのことです。
[追記1]ウェブブラウザにいろんな種類があるのと同じように、EPUBビューアもいろんなところから出ています。もちろんレベルの低いEPUBビューアもあります。電書協ガイドの仕様に従って作るというのはレベルの低いビューアに品質を合わせることになります。だからここに関しては「どこのストアにも配信できます」と言い切ってしまうのは語弊があるかもしれません。申し訳ありません。この原稿を掲載した責任は私にありますので、ただ載せただけだと言い逃れをするつもりはありません。
[追記2]匿名氏の発言とちきりん氏の発言を検証し、記事にしました。