(※写真:写真素材 足成より)
朝から、気分の悪くなる記事を読んでしまいました。
エイベックスの元取締役で現顧問の岸博幸さんによる勝利の雄叫びです。記事の上に表示されている肩書きも、参議院文教委員会に呼ばれた際の肩書きも、慶應義塾大学教授ですが、力いっぱい音楽業界側の利害関係者です。
ダイヤモンド・オンラインではずっと「岸博幸のクリエイティブ国富論」で連載をしているのですが、実は前回この違法ダウンロード刑罰化に関する記事を書いた時には、自らの立場を冒頭できちんと表明していました。
なお、最初に情報開示しておきますと、私は音楽業界に関係しています。ただ、以下は政策に携わった経験からの個人的な見解であり、音楽業界から何の依頼も受けていないことをお断りしてきます。
これを読んだ時は「しらじらしい」と思ったのですが、批判の風当たりが強くなったからでしょうか、今回の記事ではそのしらじらしいポーズすら無くなっていますね。彼らの立場からすれば、法律改正が成った時点で「勝った!」のですから、反対派の意見に対しまともに回答してやる必要も、立場を取り繕う必要も無くなったということなのでしょう。推進派の高笑いが聞こえてきそうで、読んでいて本当に気分が悪くなりました。
しかし、ボクたち一般ユーザーは、これが音楽業界の考えていることだというのを頭に入れておく必要はあるでしょう。そして、その業界側の意見のどこがおかしいのか、声を上げ続けるしかありません。
岸さんの主張について、順に見ていきましょう。
ネットの普及と反比例する形で1998年以降音楽の売上が継続的に減少していること、2010年時点で違法ダウンロードは正規ダウンロードの10倍もあった(レコード協会調査)などの事実を踏まえると、やはり違法ダウンロードの蔓延が大きく影響していることは明らかです。
ネットの普及と音楽の売上の減少は、因果関係が立証できているのでしょうか?参議院文教委員会で森ゆうこ議員から、フランスでスリーストライク法(違法ダウンロード罰則化)施行以降音楽の売上が伸びていないことを指摘された際に、岸さんは「その時の景気など様々な因子が影響するので」とごまかしていましたが、全く同じことが言えるのではないでしょうか?
バブル崩壊以降デフレが続き消費者の可処分所得も減り続けているにも関わらず、再販価格維持制度に乗っかって同じ単価を維持し続けているCDアルバムの売上が落ちているのは、ネットのせいではなく景気のせいではないでしょうか?相関関係だけを元に「明らかだ」と主張をしても説得力がありません。
また、引用しているレコード協会の調査方法にも問題があります。
Q11 パソコンや携帯電話を使って、音楽に関するファイルを無料でダウンロードしたことがありますか? (正規のプロモーションやキャンペーンにて、無料で提供されている楽曲を入手する場合は除きます。)
質問中に「違法」という言葉を使っていませんが、これは違法ファイルの利用歴に対する質問なのです。確かに、括弧内の最後までちゃんと読めば意味は判ります。しかしこれは、最後までちゃんと読まずに意味を取り違えて回答している人も多いのではないでしょうか。つまり、単に正規で無料配信されているファイルのダウンロードをしている人が、「違法であることを知りながら」利用しているという数字にカウントされている可能性が高いやり方だと思います。
今のネット上には、コンテンツは無料か非常に廉価で当たり前という考えが蔓延していますが、これは米国のネット企業が作り出した価値観に他なりません。ネット上にもっと多様な価値観やビジネスモデルが現れて然るべきですし、日本のベンチャー企業がそれを牽引すべきですが、違法ダウンロードがこれだけ多い歪んだ市場では困難と言わざるを得ません。
そもそも、誰が「コンテンツは無料か非常に廉価で当たり前」という主張をしているのでしょうか?「ネットランナー」という雑誌で「ぶっこ抜き!」などと違法ファイルのダウンロードを助長する記事を書いてきた津田大介さんでしょうか?
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津田 大介
インプレス
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これは過去にもさんざん言われ続けていることですが、多くの一般ユーザーは、利便性の高い公式のネットサービスで高品質な楽曲が配信されれば、喜んでお金を払います。しかし例えば、なぜソニーはこれだけ多くの人が利用しているiTMSで楽曲を配信しないのでしょうか?
携帯電話の主流がフィーチャーフォンからスマートフォンへ移行する中で、「着うた・着うたフル」の売上が激減しています。ボクはこれは当然のことだと思っています。スマートフォンだから買わないのではありません。ボクの場合、購入した楽曲が購入した端末でしか聞けないというガチガチのDRMに嫌気が差したのです。もう二度と利用する気が起きません。
なぜ、端末別に同じ曲を購入し直さなければならないのでしょう?ケータイで買った曲を、パソコンでも聞きたいですよ。大好きで応援したいアーティストならお布施感覚でもいいと思えますが、ユーザーを何度も搾取してやろうという魂胆が丸見えな場合は嫌悪感のほうが先に立ちます。そんな思いをしてまで、音楽を聞こうとは思えません。音を楽しめません。
最後の1つは、これが個人的に一番重要と思いますが、ネット上をリアルの世界と異なる特別の空間のように扱うのは止めるべきという点です。ユーザがそのコンテンツが違法であることを認識しながら行う違法ダウンロードは、本来有償のものをタダで入手することに他ならず、リアルの世界で言えば万引きか窃盗物譲渡と同じです。リアルの世界でそれらの行為を摘発されたら刑罰を受けるのが当たり前なのに、なぜネット上ではそれが許容されるべきなのでしょうか。
「コンテンツが無料」なのは、ラジオ放送やテレビ放送でも同じです。実態としてはNHK以外は広告費によって運営されているわけですが、そういうビジネスモデルが既に確立しているにも関わらず、どうしてネットだけ敵視するんでしょうか?ラジオを聴く・テレビを観るというコンテンツの消費方法は、「窃盗」ですか?
また、デジタルファイルには複製・流通コストがかかりません。円盤をプレスして、綺麗にデザインされたパッケージに入れて、梱包してトラックで運んで、店舗に陳列されるモノは、それだけで別途コストが余計にかかっています。
もちろんダウンロード型の配信サービスを提供しようと思ったら、サーバーを維持運営するコストがかかります。それは店舗に陳列して店員を置く場合と同様です。しかしオンラインデータ配信なら、円盤をプレスし、綺麗にデザインされたパッケージに入れ、梱包してトラックで運ぶ費用はかかりません。その分安くて当然だと思うことのどこがおかしいのでしょう?
“自由なネット利用”という米国発のふざけた台詞を言う人が日本にも多いですが、リアルの世界で何をしてもいいなどという常識は通用しませんし、それはネットも同じはずです。
もう一度言いますが、そもそも誰が「コンテンツは無料か非常に廉価で当たり前」という主張をし、「自由なネット利用」を「何もしてもいい」と解釈しているのでしょうか?「反対派はみんな違法行為を奨励している」という印象操作をしていませんか?
もちろん、私はリアルの世界の常識をすべてネット上に持ち込むべきと主張するつもりはありません。ネットが社会を変革する凄まじいイノベーションであることは間違いないですし、ネットが社会に定着する中で、これまでリアルの世界で常識であったものの多くが変わらないといけないと思っています。
これがまさに岸さんの言う「なぜネットだけは“特別扱い”なのか?」に対する答えです。デジタル革命によって、過去の常識は通用しなくなりました。円盤を大量に生産して、マスメディアで大量に宣伝すれば売れるというビジネスモデルは、もう過去のものです。今メジャーレーベルで売れているのはCDではなく、握手券や投票券です。CDはおまけです。
HDDにある音楽ファイルを自由にリスト化して、延々と何百曲でも何千曲でも流しっぱなし・聞きっぱなしにできる体験をしたユーザーが、どうして今更いちいちケースから出してトレイに入れる手間をかけるでしょうか。
絶対に在庫切れの無いオンライン配信サービスが登場した時点で、限られた在庫しか持てない街の小さなCDショップの命運は尽きました。同じように、Amazonの登場によって街の小さな書店の命運も尽きかけています。これらはまさに岸さんの言う「ネットが社会を変革する凄まじいイノベーション」がもたらしたものです。
ラジオやテレビの視聴が無料なのは許容しているのに、ネットは敵視する理由も判ります。ラジオやテレビはマスプロモーションで一般大衆をコントロールできましたが、インタラクティブでフラットなネットはコントロールできないからです。
通用しなくなった過去の常識に、無理やり現実を当てはめようとしているから、ユーザーから反発されているのだということにどうして気づかないのでしょう?いや、元経産省官僚で慶応義塾大学の教授までやっている人が、このことに気づいていないはずがありません。ならばどうして気づいていないフリをするのでしょう?
デジタル化・ネットワーク化によって、誰もがコンテンツを制作し、発信し、直接ユーザーから対価を支払ってもらう決済まで可能になりました。もちろん、レコーディングにかかる費用や、全国規模で行うプロモーション、新人ミュージシャンの育成など、レコード会社が果たしてきた役割を全て否定するつもりはありません。でも、その役割が小さくなってきているのは間違いありません。
世の中が凄まじい勢いで変化している時に、その環境の変化に対応できなければ滅びるだけです。そしていまレコード会社は、その滅びに向かって猛進しているようにしか見えません。今は「勝った!」と思っているかもしれませんが、この規制強化によって音楽CDが再び売れるようになったり、ダウンロード販売が飛躍的に伸びたりすることはありません。ユーザー視点で利便性の高いサービスを提供できなければ、ますます状況は悪くなるだけでしょう。
さて、ダイヤモンド・オンラインには、記事の最後に「世論調査」と称する読者アンケートが付いています。このアンケートは、ダイヤモンド・オンラインを訪れ、記事を読み、わざわざアンケートに回答をする人のデータだけが出てくるというバイアスがかかります。要するに、記事の内容によってアンケート結果が誘導されてしまうわけです。これを「世論調査」と呼ぶと、まっとうな形で行われているリサーチまで変な目で見られるので、ボクは以前から名前を変えて欲しいと思っています。
岸さんのこの記事であれば、規制強化に賛成する方向へ読者を誘導する効果があるわけです。その結果、どうなったでしょうか。
- 導入は当然 22.14%
- 残念だがやむを得ない 11.26%
- 反対 61.64%
- その他 4.96%
(※ 投票結果:2012年6月22日12時時点)
それでも現時点で6割以上の人が、反対という意見を表明しているわけです。まあはっきり言っちゃえば、組織票だろうが何だろうがやりたい放題やれるこんなアンケートに何ら信ぴょう性は無いわけですが。