TPP大筋合意で著作権保護期間延長や非親告罪化はどうなる?

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TPP(環太平洋経済連携協定)交渉が大筋合意との報道が流れました。著作権関連では、以前から懸念されていた「保護期間延長」「非親告罪化」「法定賠償金制度」が3点セットで導入されることになるようです。ようやく政府から公式に情報が公開されたので、それを元に今後どうなるのか? また、我々は何をすべきなのか? について考察してみます。

鷹野のスタンス

私のスタンスは「保護期間延長反対」「米国並みフェアユースを導入しないままの非親告罪化反対」です。内閣官房TPP政府対策本部知的財産戦略本部のパブリックコメント募集時にも、そのような意見を送っています。

また、代表(現在は理事長)をしている日本独立作家同盟(現在はNPO法人)では、交渉過程の情報を開示せよという「TPP著作権条項に関する緊急声明」に賛同しました。

大筋合意の内容

内閣官房TPP政府対策本部で公開されている「TPP協定交渉の大筋合意について」のうち、著作権に関連するものは以下のとおりです(いずれもPDF)です。

それぞれ内容を確認してみましょう。

環太平洋パートナーシップ協定の概要(著作権部分抜粋)

著作権について、本章は、歌唱、映画、書籍、ソフトウェア等の著作物、実演及びレコードに対する保護を求める約束を定めた。これらの約束には、技術的な保護手段及び権利管理情報に関する効果的で均衡のとれた規定が含まれる。これらの約束を補完するために、本章は、特に、正当な目的による例外及び制限(デジタル環境におけるもの含む。)を通して、締約国が、著作権制度における均衡を継続して達成するよう努める義務を含む。本章は、締約国にインターネット・サービス・プロバイダに関する著作権に係る免責措置の枠組みを創設し又は維持することを求める。これらの義務は、締約国に対して、インターネット・サービス・プロバイダがそのシステムにおいて侵害行為を監視することを、その免責措置の条件とすることを許容するものではない。

最後の「その免責措置の条件とすることを許容するものではない」が、正直よく分かりません。技術的保護手段の回避(DVDリッピング規制など)やプロバイダ責任制限法などを指していると思うのですが、日本は既に法整備済みと捉えればいいのかどうか。念のため該当箇所の英語原文も引用しておきます。

These obligations do not permit Parties to make such safe harbors contingent on ISPs monitoring their systems for infringing activity.

もしかしたら “Notice and take down.” のDMCA(デジタルミレニアム著作権法)方式にしろ、という話なのかもしれません。現在のプロバイダ責任制限法には7日間の猶予期間が与えられていますが、より厳しく「通告があったらまず削除して、その後反論を待つ」ことを求められるようになるのかも。

続き。

最後に、TPP協定の締約国は、例えば、民事上の手続、暫定措置、国境措置並びに商業的規模による商標の不正使用及び著作物又は関連する権利を侵害する複製に対する刑事上の手続及び刑罰を含む強力な権利行使の制度を定めることを合意する。特に、TPP協定の締約国は、営業上の秘密の横領を防止するための法的手段を定め、営業上の秘密の盗取(サイバー窃盗の方法によるものを含む。)及び映画盗撮に対する刑事上の手続及び罰則を規定する。

ここは、次の政府作成概要が詳しいです。

日本政府作成・TPP協定の概要(著作権部分抜粋)

著作権に関しては次のルール等が規定されている。

・ 著作物(映画を含む)、実演又はレコードの保護期間を以下の通りとする。

① 自然人の生存期間に基づき計算される場合には、著作者の生存期間及び著作者の死から少なくとも70年

② 自然人の生存期間に基づき計算されない場合には、次のいずれかの期間

(i) 当該著作物、実演又はレコードの権利者の許諾を得た最初の公表の年の終わりから少なくとも70年

(ii) 当該著作物、実演又はレコードの創作から一定期間内に権利者の許諾を得た公表が行われない場合には、当該著作物、実演又はレコードの創作の年の終わりから少なくとも70年

・ 故意による商業的規模の著作物の違法な複製等を非親告罪とする。ただし、市場における原著作物等の収益性に大きな影響を与えない場合はこの限りではない。

・ 著作権等の侵害について、法定損害賠償制度又は追加的損害賠償制度を設ける。

「保護期間延長」「非親告罪化」「法定賠償金制度」の3点セットです。特筆すべきは非親告罪化に「ただし、市場における原著作物等の収益性に大きな影響を与えない場合はこの限りではない」という一文が加えられている点です。

非親告罪化に反対していたのは日本とベトナムだけだったので、ここは交渉によってねじ込んだ成果だと言えるでしょう。WikiLeaksで暴露されていた事前リーク情報の通りではありますが、政府からの公式情報に載っているということで、ようやく確かなものになりました。

大筋合意の次は?

現時点では大筋合意に至っただけで、即座に3点セットが導入されるわけではありません。今後どのようなプロセスを辿るのか、福井健策先生が以前書かれた「(これでも)超高速! TPP著作権問題の経緯と展望 -INTERNET Watch」から箇条書きにしてみます。

  • (1)米国の要求を大筋で受け容れた ←イマココ
  • (2)条文の詳細を詰める作業がある

    ※このラストミニッツの攻防は極めて重要とのこと

  • (3)いずれかの段階で全分野の条文案の公表

    ※福井先生は、恐らく世論は沸騰と予測

  • (4)各国政府の採択・署名
  • (5)国会承認で「批准」
  • (6)通常は一定数以上の国の批准手続が済んで、条約発効
  • (7)決められた期限までに各国が国内法を整備

    (条約に沿った上でどこまで影響を抑えられるか?)

  • (8)施行までの猶予期間
  • (9)施行期日が来て、はじめて新ルールに

3点セットが適用されるのは(9)以降の話です。(5)で国会承認されない可能性も、なきにしもあらずです。日本の場合、低いでしょうが。ところが「アメリカ主導の巨大自由貿易圏誕生へ」みたいな言われ方をしている当のアメリカでも、大筋合意の内容に強い反発の声があるようです。

ヘタをするとアメリカは議会で否決され批准できない、みたいな事態が起こりそうな気もします。それはそれで面白いのですが。

保護期間延長・非親告罪化・法定賠償金制度はどうなる?

妥結条文が公開されないと、国内法がどう整備されるかが分かりませんが、ひとまず「考え得る可能性」を考察してみます。

保護期間延長

一般的には法律不遡及の原則から、施行期日以前に保護期間が切れた作品の権利が復活する可能性は低そうです。福井健策先生も、このようなツイートをしていました。

逆に、条文の縛りが緩ければ、法施行時に亡くなっている著作者の作品に関しては従来の死後50年を適用する、みたいな形にできるかもしれません。いわゆる「完全不遡及」です。

非親告罪化

「ただし、市場における原著作物等の収益性に大きな影響を与えない場合はこの限りではない」が、実際の条約や国内法でどう表現されるかがポイントになるでしょう。

「累犯に限る」とか「海賊版に限る(翻案には及ばない)」とか、いろんなやり方が考えられるようです。

法定賠償金制度

過去に「インターネット等を利用した著作権侵害の飛躍的増大を背景として、侵害の回数をはじめ損害の立証が困難であるとの問題が指摘」され、文化審議会著作権分科会で議論されたことがあります(論点整理ログ)。

その時は日本レコード協会から「1著作物につき10万円を最低額として損害賠償請求できる」「権利者は、故意又は重過失による侵害行為者に対し、通常の使用料の3倍の額を損害額として請求できる」という案が提示されていたようです。

当時は「違法行為の抑止を目的とする懲罰的損害賠償制度は、我が国の法律体系に相容れないのではないか」などの反論によって導入には至らなかったわけですが、TPP協定を批准したら導入は確定なので、あとは額と倍率がどうなるか。「故意又は重過失」の程度は、判例で決まる感じでしょうか。

権利者からすればこれまで「泣き寝入り」していた侵害行為を訴訟できるようになることから、知財訴訟の激増が予測されます。

第3次安倍改造内閣で馳浩氏が文科相に

もう一つ見逃せない動きとして、TPP大筋合意報道の後すぐ行われた第3次安倍改造内閣があります。馳浩氏が文科相として起用されたのです。馳氏は表現規制推進派で、青少年健全育成基本法案にも賛同しています。

また、マメにブログを更新しており、その記述から違法ダウンロード刑罰化を議員立法で潜り込ませる「ウルトラC」に関わっていた議員だということも判明しています。

ところが、電子書籍と出版文化の振興に関する議員連盟について触れたブログ記事では、今後の課題として次のようなことを挙げています。

①ナショナルデジタルアーカイブ構想

②出版権登録・集中管理・権利処理機構構想

③孤児作品問題

④電子書籍価格設定問題(再販適用問題)

⑤TPP交渉における著作権侵害の非親告罪化問題

⑥出版物の海外展開

TPPで非親告罪化することは「問題」だと捉えていたようです。電子書籍を再販適用除外制度の対象とするのは勘弁して欲しい(現在は対象外)ですが、あとは前向きないい話が中心なので、ぜひ推進していただきたいですね。

我々は何をすべきなのか?

引き続き興味関心を持ち、おかしいと思ったことは簡単に諦めず、声を挙げ続けていくことでしょう。国内法の整備は、まだこれからですから。

青空文庫の声

最後に、青空文庫の「そらもよう」で2015年10月7日に公開された「TPP大筋合意との報に際して」から、一部引用しておきます。

今ようやく芽生えてきたパブリックドメインによる豊かで多様な共有文化が損なわれないような、柔軟な著作権のあり方を切に望みます。

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