“ちきりん氏の「実は面倒な電子書籍」がウソだらけな件”を検証してみる

いらすとや

匿名氏の書いた“ちきりん氏の「実は面倒な電子書籍」がウソだらけな件”を、この個人ブログで公開する行為がちょっと軽率だったので、反省とちきりん氏への謝罪の意味も込めて検証記事を書いておきます。

私のダメだった点

先に、私のダメだった点について。いくら頼まれたから、代理だからといって、個人のブログで公開すれば「私の意見」とイコールで見られてしまいます。うかつながら、そのことに気づいたのは、記事がだいぶ拡散したあとのことでした。

もらった原稿にほとんど手を入れずに公開してしまったわけですが、怪文書は怪文書らしく「はてな匿名ダイアリー(増田)で」と投げてしまうのが正解だったのかもしれません。

もし今回のように個人ブログで代理公開するなら、もっと事実確認をすべきだし、言動の荒さを修正すべきだったでしょう。とくに、半ばちきりん氏への個人攻撃になっている部分をそのままにしてしまった点は、失態でした。申し訳ありません。

複数の親しい方から、今回の行為を諫めていただきました。いまさら記事を消すのも無責任ですし、記事は消せても過去の行為は消せないので、失った信頼はこれからの行動で取り戻したいと思います。

「ちきりん氏の電子書籍論がウソだらけな件」の検証

さて、ここから記事の内容についての検証です。現時点で匿名氏が指摘しているのは「1.電子書籍を作るのは紙より面倒」だけなので、検証もそこだけに留めます。匿名氏の指摘を箇条書きにすると、以下のようになるでしょう。順に検証していきます。

「紙の本と電子本の作り方は途中までは同じ」ではない?

私は、ちきりん氏の言う「紙の本と電子本の作り方は途中までは同じ」というのは、大筋では間違ってはいないと捉えています。ただしその「途中」がどこまでなのかは、本の作り方によって変わります。

本の作り方は一様ではなく、出版社やレーベルによっても異なります。紙面データを完全に確定してから電子版のデータを作成する出版社もあれば、電子版を出す前提で運用フローの最適化を図っている出版社もあります。

紙面データを完全に確定してから電子版のデータを作成すると、その工程が面倒に感じられるのはむしろ当然のことでしょう。紙面作成に最適化された運用フローになっているほど、面倒になるはずです。

なお、匿名氏は「本の大きさ、文字フォントやページデザイン(を決める)」「タイトルを決めて章扉を付けてページ数を確定させ(る)」についてツッコミを入れていますが、これは少し荒っぽい指摘です。

匿名氏の言うように、リフロー型の電子書籍に「本の大きさ」や「ページ数」という概念はありません。これは、ちきりん氏の書き方に問題があるでしょう。電子版を出す前提の運用フローになっていないと、「××ページを参照」のような記述をしてしまいがちです。

しかし、電子書籍(EPUB)はHTMLとCSSという、ウェブと同じ技術を用いています。文字の大きさ、行間などを絶対値で指定することも可能です。ただし、たとえば Amazon Kindle の制作ガイド(PDF)には「相対値で指定する必要がある」と記述されており、一般的には非推奨です。

だから、匿名氏の言う「ページ数が可変」は正しいのですが、「文字の大きさが可変なのだから」という理由とともに「表示される最大文字数はユーザーの端末の画面サイズによって異なる」点も指摘しておくのがよかったのではないか? と思います。

「原稿のファイルを印刷会社に送れば終わり」ではない?

私は、ちきりん氏の言う「原稿のファイルを印刷会社に送れば終わりです」というのは、ちょっと雑だと捉えています。前項同様、本の作り方は一様ではないからです。

ちきりん氏の元記事には、編集作業の工程が書いてあります。そこへ匿名氏は「おいおい、校正はどうなったの?」とツッコミを入れています。ただし、ちきりん氏の元記事にも、校正については触れられています。

ちきりん氏は恐らく、出版社側で完成データを保持する形をイメージしているのでしょう。確かに、DTPオペレーター(的役割)を出版社側が担うケースもあります。匿名氏が「DTPデータを責了で送ったとしても」と書いているのは、そういうケースを想定しているのだと思われます。

ただ、そういうケースであっても必ず、印刷された状態を確認する工程があるはずです。最低でも表紙の色校正くらいはやるでしょう。入稿データのミスや、インクの調合や機械の調子などさまざまな要因から、出版社側が想定したとおりものが印刷されるとは限らないからです。

しかし、匿名氏は「ゲラ」と書いているので、もう少し手前の工程をイメージしているように思います。紙面データの制作を、出版社より下流の工程が担っているケースです。

この場合、出版社が原稿を印刷会社へ入稿すると、DTPオペレーターがレイアウト作成を行い「ゲラ」にして出版社へ戻し、校正・校閲などの工程を行います。完成データは、印刷会社側が保持する形になります。私の知る限り、出版印刷はまだこのやり方のほうが主流なはずです。

「電子書籍には、様々なフォーマットがある」ではない?

私は、ちきりん氏の言う「電子書籍には、様々なフォーマットがある」は、誤解を招くのでやめて欲しい言い方だと思っています。電子書籍のフォーマットには、PDF、XMDF、ドットブック、mobi、KF8、EPUBなど、さまざまなフォーマットがあるのは確かです。

しかし、たとえば画像のフォーマットにも、ビットマップ、TIFF、JPEG、GIF、PNGなど、さまざまなフォーマットがあります。しかし、それを閲覧するユーザー側は、多くの場合フォーマットを意識することなく利用できているはずです。

それは、閲覧するためのビューアが、さまざまなフォーマットに対応しているからです。そして電子書籍も同じように、複数のフォーマットを配信している電子書店であれば、ビューアも複数のフォーマットに対応しています。

そして、いま主流のフォーマットは、国際標準規格のEPUBです。EPUBは仕様が公開されているオープン規格であり、独自仕様(プロプライエタリ)なXMDFやドットブックのような「フォーマットの問題で将来的に閲覧できなくなる」リスクは低くなっています。

なお、電子書店の閉鎖で読めなくなる問題は、デジタル著作権管理(DRM)によって電子書店に縛り付けられていることに依るものなので、フォーマットとは別の話であることを補足しておきます。

2011年にリリースされたEPUB 3は、日本語縦書きにも対応していることから、国内の主要な電子書店が一気に採用しました。それまで海外で主流だったEUB 2の制作ツールが、いまだに残存しているという問題もありますが、長くなるのでここでは省きます。

ちなみにEPUBと同じく国際標準規格であるPDFは、紙に印刷することを前提とした固定レイアウトであり、画面の小さいモバイル端末での閲覧に適していないため、入稿を受け付けていない電子書店もあります。

Amazon Kindleが現在採用している「Kindle Format 8(KF8)」も、ざっくり言えばEPUBとほぼ同じです。匿名氏の言うように、EPUBをAmazonへ入稿すれば、勝手にKF8へ変換してくれます。ただし、Kindle独自の仕様が若干あるため、それに合わせたデータの作り方をしてあげる必要があるのは事実です。

「電子書籍の仕上げは紙の書籍よりも大変」ではない?

私は、ちきりん氏の言う「電子書籍の仕上げは紙の書籍よりも大変」は、どちらにも大変なところがあって一概には言えない、と思っています。

紙の場合、出版社やレーベルごとに禁則処理や記号(約物)前後のスペースなど細かなハウスルールがあり、それが統一されているかどうかに相当なこだわりがあります。そのチェックには、かなり神経をすり減らします。めっちゃ大変です。ところが電子書籍の場合、禁則処理はビューア側が行う処理なので、気にしても無駄です。

電子書籍が大変なのは、仮にEPUBとして正しい仕様のデータを入稿したとしても、ビューア側にバグがある場合や、そもそもビューアにその仕様が実装されていない場合があることです。

現状、そのバグを指摘しても電子書店側の修正が追いつかなかったり、いつまでも修正しなかったり、いつまでも実装しなかったりするため、読者のためを思うと入稿する側がデータに配慮してあげる必要があります。

ウェブデザインをやっている方は、ChromeとFireFoxとSafariとIEのバージョン違いなどで、HTMLとCSSの解釈が異なる問題に苦しめられて続けているはず。EPUBもHTMLとCSSなので、まったく同じ問題が起こるのです。

つまり、ちきりん氏の言う、さまざまな端末やOSで検証するのが手間、という指摘は大筋では間違っていません。ただ、それは決して「様々なフォーマットがあるから」ではありません。匿名氏の言うように「電書協ガイド」の仕様に従って作れば、あまり大きな問題は起きないはずです。

「外注費やリードタイムが必要」なのは紙でも同じ?

私は、ちきりん氏の言う「(電子書籍は)外注費やリードタイムが必要」には、匿名氏と同様「それは紙でも同じです」と返します。前述の通り、印刷会社にレイアウト作成をお願いしているケースのほうが、現状ではまだ多いからです。

「内容紹介や価格などの入力が面倒」なのは紙でも同じ?

私は、ちきりん氏の言う「(電子書籍は)内容紹介や価格などの入力が面倒」には、匿名氏と同様「それは紙でも同じです」と返します。というか、書誌情報の発信は販売促進活動の一環なので、そこが面倒だというなら「売れなくてもいいんだね」という話になるだけです。

匿名氏が指摘していない点を補足

最後に、匿名氏が指摘していない点を補足しておきます。

基本的にユーザーは、1つか2つの電子書店しか利用していません。Amazonのシェアもまだそこまで絶対的ではないので、Amazonだけに配信するのはそれ以外のユーザーを無視することになります。

複数の電子書店へ配信するのが面倒なのは、「最初」と「登録後に修正が必要になった」場合だけ。多くの場合、その面倒な部分は電子取次が担っています。これも基本的に紙と同じですね。

中間プレイヤーが介在すると、情報の伝達が遅くなるというデメリットがあります。だから私は、売れる電子書店とはできるだけ直接取引し、あまり売れない電子書店は電子取次に任せてしまうというのがいいと思っています。

この辺りはスタンスの問題なので、どちらが正しい/間違っているという話ではないでしょう。でも、Amazonとそれ以外の電子書店とがサービス競争することは、読者にとっても良いことです。

だからちきりん氏の言う「出版系の命運をベゾスおじさんに握られてしまう」かどうかという視点とは無関係に、複数の電子書店へ配信するのは奨励すべきことだと、私は思っています。

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