【書評】山田順さんの「出版大崩壊 電子書籍の罠」を読んだ

いよいよ日本にもKindleが、そしてKoboがやってきます。期待する声、歓迎する声はネットで多く見られるので、あえて悲観的な見方をしている本を読んでみました。この本の著者である山田順さんは、出版社(光文社)で長年編集をやっていた方です。

出版大崩壊 (文春新書)

出版大崩壊 (文春新書)

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山田 順

文藝春秋

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まあ正直、出版社やレコード会社など、「中抜き」をされる立場からすると、デジタル化の未来に対し悲観的になるのも無理はないな、とは思います。ボクはものごとをなるべく多角的に捉えたいと思っているので、そういう立場から見た意見というのも重要だと思うのです。

著者の結論は「はじめに」に記されています。

私は2010年5月、それまで34年間勤めた出版社を退社し、とりあえず新しいメディアの潮流のなかに身を投じてみた。(中略)そうしてみていま言えることは、「電子出版がつくる未来」は幻想にすぎず、今後、混乱をもたらすばかりか、既存メディア自身のクビを締めるだけだと思うようになった。

徹底的に悲観的です。紙のマーケットが縮小していくなかで、今後電子書籍が普及していったとしても、それがビジネスとしては成り立たないという結論ありきで全体が構成されています。一般的には明るい部分ばかりが喧伝されるような風潮があるので、暗部に焦点をあて「そうではないよ!」というカウンターの主張をしている、というところでしょうか。

興味深いな、と思ったのが下記の昔話。

本というのは制作するまでは編集費などのコストがかさむが、いったん制作してしまえばかかるのは紙代と印刷代と流通経費だけである。だから、重版となると「お金を刷っているのと同じだ」と、当時の販売部は言っていた。

この「当時」というのは、1970~80年代のことだそうです。複製コストがある程度かかる紙の書籍でさえそういう状況だったのですから、これがデジタルになるとどうなるか、という点が最後までこの本では触れられませんでした。

もちろん「制作するまでは編集費などのコストがかさむ」というのは、電子書籍でも全く同じです。現状、電子書籍はまだ数が売れないため、儲からない=初期コストさえ回収できないという状況です。が、これがある程度数が売れるようになり、損益分岐点を超えるとどうなるか?複製コストが限りなくゼロに近いため、飛躍的に利益率が高くなるのです。

電子書籍に悲観的な人の多くは、この点に気づいていないのか、あえて触れないようにしているのか、どちらなんでしょうか?恐らく「重版はお金を刷っているようなもんだ」という歴史を知っている人は、あえて触れないようにしているのじゃないか、という気がします。

ただ、初期コストを回収するのが電子出版のビジネスモデルでは困難だというのも事実でしょう。レコード会社の抱えている問題と全く同じで、圧倒的大多数の書籍は儲からず、当たった書籍の収益で全体を支えているのが現状です。

いまは新刊をどんどん作って、取次へ卸した段階での入金と、返本による返金の時差を利用して自転車操業ができていますが、電子書籍ではそういった役割を果たすプレイヤーがいなくなります。つまり、確実に収益が見込めるような有名著者にだけ仕事が回り、売れない可能性が高い新人の育成が困難になってくるでしょう。ただこれは、出版点数ばかり多くて次から次へとムダに消費されていく現状より、ある意味健全かもしれません。


この本で非常に残念なのは、様々なデータが引用され「だからダメなんだ」という著者の主張に説得力をもたせようとしているけど、自分の主張にとって都合のデータだけを引用しているところが多々見られるところです。

例えば、「書店の減少が止まらない」という節で、2001年には20,939店あった書店が、2009年には15,765店になっているという右肩下がりのグラフを掲示しています。しかし、書店の総床面積は増えている(つまり中小店舗が潰れ大型化が進んでいる)という点には全く触れていないのです。

インターネットで簡単にこういうデータを調べられる時代に、自分の主張に都合の悪いデータだけを隠して論を展開するという手法は、簡単に揚げ足をとられてしまいますし、むしろ説得力や主張の信ぴょう性を欠いてしまうと思うのですが……。


また、第4章の最後で「(出版不況の)最大の原因は人口減社会」と述べているにも関わらず、第11章「コンテンツ産業がたどった道」ではこんなことを言っています

音楽業界をここまで苦境に追いやったのは、アップルが「iPod」を発売し、「iTunes Store」で音楽配信を始めたことが最大の原因である。違法ファイルの交換も原因の一つだが、音楽ファイルの流通量からみると違法ファイルは約10%だから、たいしたことはない。

出版不況の原因は人口減社会なのに、なんで音楽業界の苦境はアップルが原因なんですか。この後にゲーム産業やアニメ産業の苦境についても述べていますが、同じような論法です。デジタル化・ネットワーク化によって既存のビジネスモデルが成り立たなくなっているのは間違い無いですが、その代わりとなる新しいビジネスモデルが生まれていることにはほとんど触れていないのはなぜなのか。

本書に書かれている内容だけを見たら、明るい未来なんか全く無さそうな気がしてげんなりします。正直、読後感は最悪でした。あえて悲観的な部分だけの話をピックアップしたんでしょうけど、明るい展望が見えないと辛くなるだけではないでしょうか。


この本は初版が2011年3月20日なので、当然最近起きたできごとは踏まえていません。第9章「ビジネスとしての電子出版」の「課金の壁『ペイウォール』は築けるのか?」や「有料化に挑戦する既存メディア」でウォール・ストリート・ジャーナルや日経新聞の課金モデルについて触れていますが、著者はそうした動きに対しても懐疑的でした。

NYタイムズの内訳は紙が77万9731部、電子版が80万7026部となり、電子版が紙の発行部数を初めて上回った。ABCは1人の有料会員が複数の端末で電子版を利用する場合、端末ごとに1部と数えている。

世界最大の有料報道サイトは100万人強の有料会員がいる米ウォール・ストリート・ジャーナル電子版です。米ニューヨーク・タイムズ、英フィナンシャル・タイムズの電子版が続き、日経電子版がそれに次ぐ会員数になっています。

こういった報道を踏まえ、著者の考えがどう変わったか、あるいは変わっていないかに興味を持ちました。あとで著者のウェブサイト(というかブログ)の方も、少し目を通してみようと思います。

リンクが無いので、恐らくブログ以外のソーシャルネットワークはやっていないか、オープンにしていないのでしょう。もったいない。

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