(※写真:写真素材 足成より
楽天Koboイーブックストアがもうすぐオープンするとか、Anazon/Kindleが近日発売予定といった動きで、電子書籍周辺がようやくホットになってきた感があります。
ボクも、電子書籍ストアのレビューをしたり、国際電子出版EXPOに行ったりしていることから判ると思いますが、非常にこの動きに興味を持ち、そして期待をしています。ただ、コンテンツの供給側である出版社やストアやその周辺の人々は、あまりにもハードウェアを中心をした発想をし過ぎなのではないか?ということも感じています。
読者の目の前にあって、直接触れることができる「端末」にどうしても注視してしまう心境はよく判ります。でも、紙の書籍で最も大切なのは、装丁でしょうか?紙質でしょうか?肌触りや重さでしょうか?違いますよね?最も大切なのは、印刷されている文字やイラスト・写真という「情報」のはずです。
このエントリでは、どうすれば今後、電子書籍市場が拡大していくのか?ということを、「情報」という観点から考えていきます。
「情報」には3つの重要な要素があると言われています。
この3つについてそれぞれ、「電子書籍はどうあるべきか?」という観点で考えてみましょう。
量
これは非常にシンプルな話で、自分が読みたいジャンルの電子書籍がたくさんあるか?というところに尽きます。
上記エントリーを書くために各ストアのラインナップを調べたのですが、まあご覧いただいた通り酷い有様です。これからアニメが放映されるという、普通に考えたらユーザーが最も興味関心を持つ時期にこの体たらくですから、売る気あるの?と言いたくなります。
まあ、ライトノベルの場合、ほとんどが角川グループのレーベルなので、角川グループの電子書籍ストアである「BOOK☆WALKER」が強いのは当然のことでしょう。それでも例えば電撃文庫は、電子書籍に対しヤル気が見られないような状態です。
出版デジタル機構が「過去の出版物」を電子書籍化していくので、恐らく数年以内にどこのストアも100万点くらいの在庫を保有するようにはなるでしょう。ただし、これは出版社と作家次第です。助成金が出るのは中小出版社だけですから、大手の場合は全てを自分の資本でやらなければなりません。また、著作権を持つ作家が電子書籍を嫌っているという場合もあります。
ただ、出版最大手の講談社が、電子書籍と紙の書籍を同時発行できる体制が整ったということを明言していますので、恐らく業界全体も新刊に関しては徐々にそういう方向へ向かうのではないでしょうか。
また、電子書籍を語る上でときおり耳にする「電子書籍ならではの商品開発の必要性」や「(電子書籍の)採算性」にも言及があった。講談社は6月からほぼすべてのタイトルについて電子と紙の同時刊行ができる体制を整えたが、電子書籍ならではの商品開発といった部分はまだこれからと説明。
問題は、出版社がストアごと・作品ごとに置く/置かないという差別をしていることです。出版社が自らストアをやっている「BOOK☆WALKER」の戦略は、理解はできても納得はしずらいです。1巻だけラインナップさせているといった状況は、いじめにしか見えません。
紙の書店で、そういう差別ってあるのでしょうか?配本は取次がコントロールしていて、出版社が関与できる部分ではないと思うのですが……。
質
これは、紙の書籍と比べた時に、デジタルならではの付加価値があるということです。逆に言うと、紙ではできるのに電子書籍ではできないことがある以上、ただ版面を流用して電子化しただけの場合は、紙より電子の質が落ちる=価格は安くなければ売れないということになります。
容易に検索できるか?
これには、以下の2つの場合があります。
- ストアで電子書籍を探しやすいか?
- 電子書籍の中で特定の箇所を探しやすいか?
前者に関しては、例えば下図をご覧下さい。
これは「紀伊國屋書店BookWeb」で「だから僕は、Hができない。」を検索した結果です。上が小説(ライトノベル)で、下がコミックです。辛うじて上に「富士見ファンタジア文庫」と書いてあるので、知っていれば判別できますが、知らない人にはどちらが小説でどちらがコミックか判りません。この書籍に関しては、試し読みもできないので、間違えて買ってしまう可能性が高くなっています。
「紀伊國屋書店BookWeb」は、マルチデバイス対応だし、妙な再ダウンロード期限も無いので、ボクの中では比較的評価の高いストアなのですが、肝心の「電子書籍を探す」という点が弱いのが残念です。
後者に関しては、ビューワーの機能とファイルフォーマット次第ということになります。
例えば、キーワード検索ができるとか、判らない単語を即座に調べられるといった機能をビューワー側で搭載していたとしても、ただ単に版面をスキャンしただけの「画像」ファイルの場合は利用できません。まあ、コミックなんかは対応するのが難しいでしょうね。
付箋を貼ったりメモ書きをしたりマーカーを引いたりといった、紙なら簡単にできることに対応しているかどうかというのもポイントになるでしょう。気になったページを、後からすぐに開くことができるか?というような点です。
容易に複製できるか?
複製が容易なのはデジタルの特徴ですが、現状ほとんどの電子書籍ストアではこれを制限しています。勘違いして頂きたくないのですが、もちろん「違法コピーができるようにしろ」という話ではありません。まず大きな問題は「保存性」です。
紙の書籍は、火事になったり濡れたりしない限り、何十年でも保管ができます。しかし、端末はいとも簡単に壊れます。ハードディスクがクラッシュして大切なファイルを失ってしまう経験をした人というのは非常に多いのではないでしょうか?デジタルの世界に慣れ親しんでいる人であれば、バックアップの重要性というのは骨身に染みていると思います。
だからといって、オンラインストレージサービスにも不安があります。そのサービスを提供している事業者が無くなってしまう可能性だって大いにあるからです。電子書籍ストアの「購入履歴からいつでも再ダウンロード可能」というのも、ストアそのものが無くなってしまえばおしまいです。
何十年でも保管できるモノと、いつ消えて無くなってしまうか判らないモノを比べたら、誰もが前者に価値を認めますよね。DRMが忌み嫌われるというのは、そういう理由です。
また、ちょっと違った形の「複製」と「共有」を容易にすることで、逆に大きな可能性が広がるのではないかと思っています。それは、文章や画像の一部を引用し、コメントを付けてSNSへ簡単に投稿できるようにすることです。これは既に事例があります。
実際には、書籍数があまりにも少ないのと、ページ単位でしか共有できないというのがちょっと残念なのですが、この「ソーシャルリーディング」という発想は非常によく理解できます。読んでみて面白かった部分は友だちとシェアし、その感覚を共有したいのです。ウェブの記事なら、いとも容易く簡単にできることです。
東京国際ブックフェアシンポジウム「電子書籍時代に出版社は必要か?」で、出版デジタル機構会長の植村八潮さんが、出版社の機能として「セールスプロモーション」ということをおっしゃっていました。しかし、ウェブはテレビなどのオールド・マスメディアと違い、コストをかければリーチするというものではありません。電子書籍の一部を簡単に「引用」し「共有」できるようにし、その投稿からストアへのリンクが貼られていれば、内容さえ面白ければ勝手にクチコミで広がっていきます。
[追記]
楽天koboも「ソーシャルリクルーティング」ということで、Facebookに対応している旨をリリースしていましたね。
リッチコンテンツか?
「リッチコンテンツ」というと、例えばイメージサウンドや効果音、ムービーや、ユーザーの操作に対しアクションが返ってくるようなものを想像されると思います。恐らくゆくゆくは、「ビジュアルノベル」と呼ばれているゲーム辺りと同じような「電子書籍」が登場することになるのでしょう。
ただ現段階で既存の出版社の発想は、画面の大きさや向きに合わせてレイアウトが可変する「リフロー」と、禁則処理や行頭・行末処理、フォントの美しさといった部分に目が向いているようです。版面の美しさというのは、紙の書籍を作る上で出版社にとっては重要な要素だったからでしょう。
ただ、漫画やライトノベルであれば、紙の書籍に使われているデータにそれほど手を加えず、つまり追加コストや作家への追加負担をそれほどかけずに、紙の書籍には無い価値を出すことができます。それは「画質」です。
一般的に、漫画専門誌にはカラーで掲載されているのに、コミックでは白黒になっている場合というのが非常に多いと思います。カラー印刷はそれだけコストがかかるので、わざわざグレースケールに変換しているわけです。元原稿はカラーだというのに!
これを電子書籍にする際は、カラーのままで配信することで、付加価値を高めることができます。わりとすぐにできる工夫ではないでしょうか。
おもしろい事例としては、ゲーム制作会社であるスクウェア・エニックスが運営している「ガンガンONLINE」です。ここは、コンテンツを無料で誰でも見られる形になっています。ただし、公開期間が限定されています。
ボクは安倍吉俊さんの「リューシカ・リューシカ」をいつも楽しみにしています。ウェブにはカラーで載っています。そしてなんと、コミックもオールカラーなのです。
リューシカ・リューシカ 1 (ガンガンコミックスONLINE)
posted with amazlet at 12.07.12
安倍 吉俊
スクウェア・エニックス
紙の版面を電子書籍に転用するという発想ではなく、ウェブに掲載したデータを紙の版面にも使うという発想でシステムが構築・運用されているんでしょうね。その辺りを鋭く分析した記事がありましたのでご紹介しておきます。
また、単行本サイズというのは、本誌より小さいです。元原稿はもっと大きいのに、わざわざ縮小して印刷しているわけです。電子書籍なら、原寸大・高解像度にしても、データ量が増えるだけです。
ボクの考えている方向性と、全く逆の戦略をとっているのが小学館のガガガ文庫です。電子書籍の価格は紙の書籍の半分くらいなのですが、ライトノベルの魅力である挿絵がありません。表紙の画像ですら、非常に小さく縮小しています。まあ、その分安いわけですから、その戦略を頭から否定はしません。
[追記]
集英社は、過去の資産をただ転用するのではなく、追加で工数をかけてデジタル着色しフルカラーでコミックを配信し始めています。
既に確立された人気のあるコンテンツでなければ、追加コストをかけても回収するのが難しいとは思いますが、素晴らしい試みではあると思います。
鮮度
はっきり言って、新刊が電子書籍で読めないのは論外です。
もっと言えば、電子配信には物流でロスする時間はありません。一刻も早く読みたいユーザーには、それが価値になります。シンポジウムで植村さんが、すこしでも早く読みたいニーズを満たすことで「電子ジャーナル」は成功しているという事例をお話していますが、まさにそれです。
例えば、年会費がかかる「特別会員」みたいな枠を用意して、一般流通より早めに配信するといった付加価値を喜ぶユーザーも多いのではないでしょうか?
以前ボクはこんなエントリーを書いたことがあります。
恐らく数年以内に、スマートフォンをセットしておけば自動でページをめくり、自炊ファイルをあっという間に作成できるような機械が、安価に販売されるようになると思います。そうなると、今はまだ自炊のために裁断した本は破棄されたり、裁断本として二次流通する程度で済んでいますが、そういう機械が流通するようになると、中身だけデータとして吸い取られた全く傷ついていない良質な古書がガンガン流通するようになるのです。
そうなる前に、紙の書籍には無い価値を電子書籍で提供できるようになっていなければならないのではないでしょうか?他にも付加価値として考えられるさまざまな要素があるとは思いますが、このエントリーはこの辺りで。