非破壊・非接触型スキャナ「ScanSnap SV600」の登場が出版業界周辺にどのような影響をもたらすかを考えてみた

ScanSnap SV600 : 富士通

ついに出ました、非破壊・非接触型スキャナ。傾きや歪み・膨らみを補正したり、本を押さえている指を消せるアプリまで付いてます。なんといっても59,800円と、個人でも手が届くくらいの値段というのが大きい。

個人で買うのは一部の好事家だけかもしれませんが、恐らく業務用として購入する企業も多いのではないでしょうか。キンコーズ全店に導入されたりして。

実際に使ってみないと ScanSnap SV600 がどの程度まで補正が効くかわかりませんが、1ページづつ本を開くと「のど」の部分にある程度折り目が付くのは避けられないので、1冊まるごとスキャンをしたらさすがに新刊本と見分けが付く状態にはなるでしょう。

ただ、スキャンした本と、普通に読んだ本とは、全く見分けが付かない状態になるのは間違いないでしょう。現在”自炊”で主に用いられている裁断方式とは異なり、スキャン後でもそのまま普通に古書として流通するのに充分な品質が保たれた状態になるわけです。

ちなみに、Googleが開発した家庭用掃除機改造の自動ページめくり機付きスキャナは、特許がオープンソース化されています。制作費約1,500ドルとのことですが、スキャナ部分が不要なのであればもっと安価に作れるかも?

さて、こういう時代がまもなくやってくるという話は過去に何度も書いてきていますが、これによってどういう変化が起こるのかを改めて予想してみたいと思います。

Myブック変換協議会と日本蔵書電子化事業者協会

Myブック変換協議会から投げられたボールは、自炊代行業者の団体「日本蔵書電子化事業者協会」の設立という形で受け止められました。訴訟などによって自炊代行業者を単純に排除しようとする動きに比べたら、かなりいい方向へ進んでいるように思います。

ただ、非破壊・非接触型スキャナの登場は、これらの団体が策定しようとしているルールにいろいろな影響がありそうです。

まず、日本蔵書電子化事業者協会では、データ化済み書籍は溶解処分する、データの使い回しをしない、データにユーザ情報を埋め込むなどの再流通を防ぐための基本ルールの徹底を進めます。

「データ化済み書籍は溶解処分する」というルールを徹底すると、恐らく「非破壊・非接触型スキャナによる自炊代行は受け付けできません」という話になるものと思われます。

そもそも、自炊後の本を2次流通させるのは、道義的にはともかく、法的には全く問題のない行為です。ただ、裁断本の場合は、再度スキャンする目的に使われる可能性が非常に高いわけですから、せめて自炊代行業者のところでは処分して2次流通を防いで欲しいという意図は非常によくわかります。

ところが、非破壊・非接触型スキャナで自炊された本は、普通の古書と見分けがつかない状態です。開封済み音楽CDが、リッピングされたかモノなのかどうかを判別できないのと同じです。

でも、恐らく非破壊・非接触型スキャナによる自炊の方が、裁断本スキャンによる自炊より手間も時間もかかるので、代行してほしいというニーズは従来より高くなるのでしょうね。何しろ普通の古書として再流通可能なので、多少コストをかけても回収できる可能性があるわけですから。

しかしだからといって、「非破壊・非接触型スキャナによる自炊代行」を「データ化済み書籍を溶解処分」しない形で受け付ける業態が跋扈することはないでしょう。というのは、自炊代行業はいまはまだ判例がないのでグレーゾーンですが、恐らく近いうちに東野圭吾氏や弘兼憲史氏による提訴によって「無許可の自炊代行は著作権侵害」という判決が出ます。

著作権者的には自炊後の本が2次流通するのを避けたいわけですから、「データ化済み書籍は溶解処分」というルールを守る日本蔵書電子化事業者協会加盟店には許諾を与えるので合法だけど、それ以外の業者は全て非合法として片っ端から訴える形になるものと思われます。

判例によりグレーゾーンがなくなるわけですから、至極当然の話ですよね。だから、Myブック変換協議会と日本蔵書電子化事業者協会の進んでいる方向に、「非破壊・非接触型スキャナによる自炊代行」という未来はないでしょう。まあ、それはそれでアリだと思います。

新刊書店と古書店と図書館

自炊を”代行”ではなく自分でやる分には私的複製の範疇なので、全く問題のない話であることに変わりはありません。だから恐らく今後は、非破壊・非接触型スキャナを貸し出しする業者があちこちに現れることになるものと思われます。

スキャナのレンタル業というのは、著作権法第30条(私的使用のための複製)1項の「公衆の使用に供することを目的として設置されている自動複製機器」に引っかかりそうですが、附則第5条の2で「文書又は図画の複製に供するものを含まない」ものとされているので、合法なんですよね。

だから今後は、本を買ったらその足で非破壊・非接触型スキャナのレンタルショップへ行き、コーヒーを飲みつつ読みながらスキャンして、読み終わったらデータだけ手元に残して古書店へ売る、みたいな流れができるでしょう。

新刊書店にはいまでも、読み終わった本を「間違えて買っちゃったから返品したい」という人が来るそうですから、非破壊・非接触型スキャナでスキャンした本を「返品」しようとする人も出てくるでしょう。レシートがあっても一切返品は受け付けないというやり方で、自衛した方がいいでしょうね。

非破壊・非接触型スキャナが主流になれば、恐らく古書店には今まで以上に買い取り依頼がくることになるでしょう。古書がダブつくので、買い取り価格はタダみたいな額になっていくものと思われます。現状でも「ブックオフは本を売る場所ではなく捨てる場所」などと揶揄されていますが、そういう傾向が加速することになるのではないでしょうか。

図書館で借りた本を、せっせと非破壊・非接触型スキャナでスキャンする人も現れるでしょう。もちろんスキャンしたデータを2次流通させたら違法ですが、私的使用の範疇であれば問題ないわけです。

……というような流れを考えると、いちばんしわ寄せが行きそうなのは古書店、それもブックオフみたいな希少性など考慮せず「新刊ほど高く買う」形で商売しているところほど苦しくなるんじゃないかな? という気がします。

古書店で高く買ってくれないなら、新刊を急いで古書店に売るメリットが薄れます。そうなると、新刊書籍の売れ行きにも悪影響が出るかもしれませんね。この辺りはCDショップが辿った道を思うと、暗い予測しか思い浮かびません。

出版社

非破壊・非接触型スキャナによって中身だけスキャンされた、普通の古書と全く変わらないモノが再流通することを、出版社的には脅威に感じるでしょう。

ただ、そもそもなぜ「自炊」なんて行為が流行っているかと言えば、狭い家で本の置き場に困るのに、電子版が売ってないからというところに尽きます。つまり、電子版が紙と同時に発売されるなら、わざわざ紙を買って自炊する手間をかける必要がないわけです。

今すでに家にある蔵書を電子化したいというニーズは、蔵書をたくさん持っている人の電子化作業が一巡すれば先細ります。ましてや、自炊する手間や機材購入コストや、適法な自炊代行業へ委託するコストが、公式配信される電子版を購入するのとさほど変わらないのであれば、わざわざ自炊する手間をかける人はいなくなるでしょう。

これは逆もまた真なりで、電子版のない出版物や、紙の発売から電子版が出るまで時間がかかる場合、紙の書籍に比べ電子版の質が不当に低い(表紙画像がない・挿絵がないなど)場合には、自炊のニーズも残ってしまうということになります。そういう出版社は淘汰されることになるのだろうな、と。

ダイレクト・パブリッシングという脅威もあるので、中小出版社にはますます厳しい時代になるでしょうね。

このエントリーを書いてからそろそろ1年経つので、もうちょっと深堀りしてみようかな……。

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