12月6日に行われた、日本印刷技術協会(JAGAT)主催のセミナーレポートです。
セミナー前半は、E-Book 2.0 Forum 主宰 鎌田博樹氏による、国内「電子書籍」に関する状況整理。後半は、アメリカ在住で文芸エージェントの大原ケイ氏による、アメリカ電子書籍の最新事情報告でした。
方向性がちょっと違うので、記事も前後編に分けさせて頂きます。前編は、鎌⽥氏による国内の話。資料はこちらからダウンロードできます。
鎌田氏は「電子書籍」という言葉が嫌いだそうです。役所が扱う言葉は四文字熟語じゃないとダメなのは分かるけど、「電子書籍」というのは認識を誤らせる言葉だと。仲俣暁生氏がWIREDに寄稿した “さようなら、「電子書籍」” でも「官製用語だ」と看過されています。
変化の本質はどこに
1990年代からデジタル化の波が訪れますが、鎌田氏は「出版社はその変化に鈍感だった」と批判します。
- 1990年代〜:生産のデジタル化(活字・ページの電子化)…… この時点で反応したのは、印刷会社がほとんどで、出版社は無関心でした。
- 2000年代〜:流通・販売のデジタル化(インターネット)…… アマゾンの日本上陸が2000年。ここでも出版社は無関心でした。いまではアマゾンが2割のシェアを握っています。
- 2010年代〜:読書のデジタル化(クラウドと端末) ← イマココ
つまり、生産・流通・読書がデジタルによって再編されているというのが、「デジタル出版」だと鎌田氏は言います。これらの変化はパンデミック(感染症の大流行)的に広がる性質があるので、ここから先の変化は非常に早いだろう、とのことです。
なにしろ、歴史上初めて出版が紙から独立したのです。だからといって紙が要らなくなったわけではないし、 印刷本が消えることもないでしょうけど、変化はこれから本格化するだろうと鎌田氏は予測します。
もっとも重要なのは、ITを使ってプロセス全体をコントロールし、サービスを最適化することだそうです。そこには、エンジニアリングとマーケティングが必要になります。これまで、出版社はそこに疎かったと鎌田氏は指摘します。
この変化は、コミュニケーションとメディアの再編の一部だといいます。つまり、メディアビジネスの主導権をめぐるレースだと。欧米の出版社は変わり身が早く、ユーフォリア(熱狂的陶酔感)と言っていいほどデジタルに対しポジティブになったそうです。ところが日本の出版業界は、変化に抵抗することで消耗・衰退しているのが現状だと鎌田氏は言います。
「電子書籍」は勘違い
本は、今までの「ものづくり」の感覚で作っていてもダメで、「サービス」として考えなければならないと鎌田氏は提案します。読者が読みたいのは「本」であり、「本を読む」という選択肢の中に新刊、古本、電子があるわけで、それは単にフォーマットの問題であると。つまり、「電子書籍市場が立ち上がる/立ち上がらない」というのは、勘違いだというのです。
また、本が本として機能するには、社会的な仕組みが必要だと鎌田氏は指摘します。「これが本ですよ」と言うだけでは流通からこぼれ落ちてしまうので、マーケティングが必要だと。商業出版社の印刷本は、これまで本屋の集客力や棚、メディアの書評などに依存してきました。
「印刷本の電子化」は、紙の延長だからマーケットが作りやすかったけど、本来どこの出版社も、デジタルファーストで必要な分だけ印刷というやり方をしていきたいのではないかと鎌田氏は言います。
変化に対する最後の抵抗
日本でも、電子辞書や、フィーチャーフォンでの出版は、世界に先駆け商業ベースで成功しています。しかし、電子書籍端末プロジェクトとか、独自の「標準」フォーマットといった、公的資金を入れた動きというのは、どこにも幸せになった人がいないと鎌田氏は看過します。
また、海賊版退治を名目とした出版社による電子出版権の要求は、被害を立証していないと鎌田氏は批判します。海賊から守るというのは建前で、版元の著者に対する優位性を高めようとしているだけではないかと。
アマゾンに対する課税要求などは噴飯物だと鎌田氏は言います。グローバル時代の法制として破綻しているし、そもそも消費税を払うのはアマゾンではなく消費者だと。「消費者に見放され、権力にすがる業界に未来はない」と鎌田氏は嘆きます。
誰も儲からない赤字のサプライチェーン
著者、出版、印刷、取次、書店というプレイヤーが、誰も儲からないダメなスパイラルに陥っていると鎌田氏は言います。特に、「クールジャパン」を支えているクリエイターに収入が入ってこないため、現場が疲弊していると。
崩落から離れて生き残るのは、KADOKAWAのように独自のエコシステムを展開しているところと、自主出版だろうと鎌田氏は予測します。
出版再生へのヒント
崩壊=再建へのカウントダウンが始まっており、足並みそろえてラインダンスを踊るようなことはなくなるだろうと鎌田氏は言います。現時点で書籍と雑誌の合計で売上1.5兆円の市場ですが、これが恐らく近いうちに1兆円市場になると。このまま衰退が止まらないと、出版が「メディア」として成立しなくなるだろうと鎌田氏は危惧します。
出版2兆円市場が復活するには、以下のようなアプローチが必要だろうとのことです。
- 著者と読者をオーガナイズし、独自の「ワールド」を築き上げるマーケティング
- オープンなデジタル・プラットフォーム
- モノ指向ではなく、サービス指向(マーケティング主導)
- 雑誌と書籍の⼀体的展開で、著者・読者・編集者を育てること
- 広告や非商業出版との融合(ビジネスモデル主導)
- 版権ビジネスとグローバリゼーション
鎌田氏は「閉じた世界にいても何もいいことはない」と、セミナーを締めくくりました。この続きは、E-Book 2.0 Forumと、E-Book 2.0 magazineをご覧くださいとのことでした。