この記事は「出版ニュース」2018年5月上旬号へ寄稿した原稿の転載です。ブログへ転載するにあたって少しタイトルを変えたのと、文字数制限の関係で削った注記を戻してあります。以下、縦書き原稿を横書きに変換してあるのと改行を少し増やしてありますが、3カ所の追記以外の内容・文体は掲載時のまま(常体)です。
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筆者は本誌3月上旬号で、電子コミックの売上が増加している一方で、紙のコミックス売上減少要因として海賊版サイトの影響を強調する報道が目に付くことへの違和感を表明した。どうやらそれは、その後の急展開の予兆だったようだ。
3月19日に政府は、海賊版サイトに対し、サイトブロッキングを含めたあらゆる方策の可能性を検討しているという見解を示した(※1)。4月6日には毎日新聞が、政府がインターネット接続業者(ISP)に対し、海賊版サイトのブロッキングを「要請」する方針だと伝えた(※2)。
これを受け、専門家などから賛否の声が上がった。賛成派は、海賊版サイトの影響で急激に売上が減少しているため、緊急措置としてのブロッキング要請は妥当という意見。反対派は、通信の秘密を侵害するので電気通信事業法違反になるのと、政府による検閲に当たるといった意見。反対派も、政府によるブロッキングは絶対にダメだという意見と、立法措置を経てからなら構わないという意見に分かれた。技術的観点から、ブロッキングは対策として効果が限定的、という意見もあった。
政府の知的財産戦略本部は4月13日に犯罪対策閣僚会議を開催し、海賊版サイトに対する緊急対策を決定した。まず、今秋の通常国会で対策法案を提出すること、そしてそれまでは、刑法の緊急避難要件を満たせばISPによる「自主的な取り組み」でブロッキングを行っても違法性が阻却される、という見解が示された。批判されていた「政府による要請」ではなく、あくまでISPの自主的な取り組みという建前だ。
要するに忖度を求めているわけだが、違法かどうかを判断するのは政府(行政)ではなく司法の役割なので、電気通信事業法違反のリスクを負うのはISPであることは指摘しておく必要があるだろう。なお、児童虐待記録の緊急ブロッキングが検討された際、著作権侵害は対象にならないと結論づけられており、今回の決定はその経緯を踏まえていないという批判もある。
さて、筆者はこれまでも繰り返し述べてきたように、海賊版サイトは忌むべき存在であり、早急な摘発もしくは潰れることを願っている。恐らく、作者、出版社、書店など、作品の創作と流通に関わっている方々は、全員同意見だろう。ただ、筆者はそれでもなお、賛成派の意見には引っかかる点が多いと言わざるを得ない。
まず、「電子コミックの売上が急落している」というが、電子出版関連の上場企業であるインフォコム、イーブックイニシアティブジャパン、ビーグリー、カドカワなどが公開している直近の業績はいずれも好調だ。
唯一見つけられたのは、4月16日に公開されたメディアドゥホールディングス第4四半期決算での「海賊版サイトの台頭等の市場要因によって、売上・利益ともに予想に対して未達」という記述。同社は決算発表前の4月13日に、「海賊版サイトの影響について(※3)」というリリースも公開している。貴重なデータの開示には敬意を表したい。ただ、対前期比の「伸び率」が低下していることは読み取れるが、「売上が急落」しているわけではなさそうだ。
仮に「売上の急落」が本当だったとしよう。では出版社は、実際にどのような対策を行ってきたのだろう? アメリカのデジタルミレニアム著作権法(DMCA)では、グーグルなどアメリカ企業は正当な侵害申告を受けたら即座に削除することで免責されることが規定されている。
その膨大な侵害申告履歴は「Lumen Database(※4)」に保存されていて誰でも閲覧可能だ。「漫画村」のドメインを検索すると、日本の出版社も相当な件数のDMCA侵害申告を行っていることがわかる。たとえば集英社と小学館は「comeso GmbH」という代理人を使い、すさまじい件数を申告している。
ただ、申告内容を1件ずつチェックすると、荒っぽいものも目に付く。たとえば、侵害URLは「ALLEGEDLY INFRINGING URLS」へ列記する必要があるのにトップページだけ指定されているとか、「on behalf of 日本すべての漫画出版社」という正規の代理人なのか疑わしい申告者とか、「ORIGINAL URLS」に侵害サイトURLが書いてあるなど、客観的に見たらとても「正当な侵害申告」とは言えない事例がいくつも見つかる。
結局、4月11日に「漫画村」のトップページがグーグルの検索結果から削除されたが、申告者はハーレクイン・エンタープライズとハーパーコリンズ・ジャパンだった。もっとも、SEOの専門家である辻正浩氏によると、個別ページだけではなくトップページの削除という大きな対応をグーグルが行ったのは、騒ぎが大きくなって社会問題化したためではないかという(※5)。
海賊版サイトの収益源である広告を断ち、兵糧攻めをするという手法もある。アイティメディアのウェブメディア「ねとらぼ」が、「漫画村」に表示された広告の、広告主や広告代理店に取材した結果、その広告が消滅したり(※6)、アドネットワークが配信停止措置をとったり(※7)といった事象が起きている。
話題になっている対象だから相手の対応が早かったのかもしれないが、これは出版社にも可能な対処だったのでは? という疑問が残る。防弾ホスティングサービスなどに守られ、海賊版サイトの運営者を突き止められないという事情は理解できる。しかし、広告主や広告代理店やアドネットワークに対する働きかけなら可能ではなかろうか。
[追記:ねとらぼはその後も、広告代理店やアドネットワークに対する取材を続けている(例:●や●)。]
[追記:なお、公益社団法人日本アドバタイザーズ協会(JAA)と一般社団法人日本広告業協会(JAAA)と一般社団法人日本インタラクティブ広告協会(JIAA)は6月8日、一般社団法人コンテンツ海外流通促進機構(CODA)から提供された悪質な著作権侵害サイト等のリストを元に、広告排除を加盟社へ呼びかけるなど、対応策を強化していく共同声明を発表している。]
4月13日に公開された講談社の声明によると、「出版界ではコミックに限ってもこれまでに数兆円規模の被害を受けたと試算されてい」るのだという(※8)。これは恐らく、裁判における賠償額の「読まれた数×価格×利益率」で算出された数字だと思われるが、無料だから読まれた数と、実際に有料で売れる数には大きな差があることは指摘しておく必要があるだろう。
4月13日には出版広報センターからも、「政府による海賊版サイトに対する緊急対策について」という声明が発表されている(※9)。そこには「私たちは長年、海賊版サイトに対してできうる限りの対策を施してまいりました」という記述がある。しかし、出版広報センターの「深刻な海賊版の被害」というページの本文は、2013年4月以降本稿執筆時点まで5年間更新されていない。そのため、2015年1月の著作権法改正により電子(2号)出版権を設定していれば出版社も紛争当事者になれるのに〝権利者ではないためあくまで「要請」である〟という、いまでは事実と異なる記述が残ったままだ(※10)。
[追記:なお、当該ページは本稿が掲載された出版ニュースが刊行されたのち、5月19日時点で「只今、メンテナンス中です」という表記に変わったことが確認できているが、6月30日時点でもなおメンテナンスのままだ。]
コンテンツ海外流通促進機構(CODA)は、2015年3月末までの違法動画サイトに対する通知数と削除数についての実績を具体的に公開している(※11)が、残念ながらコミックについては記述が見つけられない。「できうる限りの対策を施してまいりました」と主張するなら、もう少し具体的な内容を広報して欲しい。情報の非対称性が大きい状態のままでは、是も非も判断ができない。
(※1)朝日新聞デジタルの記事
(※2)毎日新聞の記事
(※3)メディアドゥホールディングスのリリース
(※4)Lumen Database
(※5)辻正浩氏のツイート
(※6)ねとらぼの記事
(※7)ねとらぼの記事
(※8)講談社のリリース
http://www.kodansha.co.jp/upload/pr.kodansha.co.jp/files/180413_seimei_kaizokuban.pdf
(※9)出版広報センターの声明
http://shuppankoho.jp/doc/20180413.pdf
(※10)出版広報センター「深刻な海賊版の被害」の本稿執筆時点でのアーカイブ
(※11)CODAのオンライン侵害対策
初出:出版ニュース2018年5月上旬号