2013年4月19日に行われたMyブック変換協議会のシンポジウム「蔵書電子化の可能性を探る」に行ってきました。いろんな意味で興味深いシンポでしたので、レポートさせて頂きます。
まず、このシンポジウムはいったいなんだったのかというのを振り返って考えてみると、著作権者の一部”過激派”が自炊代行業者を「撲滅してやる!」と訴訟を起こしている一方で、著作権者でも”穏健派”が「歩み寄りたいと思います」というボールを自炊代行業者へ投げることが目的の会だったように思います。
シンポの前に出ていた、Myブック変換協議会の統括である日本写真著作権協会常務理事の瀬尾太一さんへのインタビュー記事で、瀬尾さんがどう考えているかはほとんど全て述べられています。
ところが、冒頭で挨拶に立った会長の三田誠広さん(日本文藝家協会副理事長)と瀬尾さんの考えは若干異なります。三田さんは、出版物の著作権を集中管理する団体が必要だと考えています。しかし瀬尾さんは、孤児作品問題があるから集中管理型では難しいと考えています。
つまり、Myブック変換協議会の中でも、やり方についてはまだ意見が割れている状態なのです。だから瀬尾さんの講演でも、案がいくつか提示はされていましたが、「具体的なものはまだ何も決まっていない」というような説明でした。
ただ、なぜ自炊代行業者が必要とされるか?というユーザーのニーズと、著作権者や出版社が何を問題として捉えているか?という点は明確でした。簡単にまとめると以下のようになると思います。
ユーザーのニーズ
- 紙書籍をたくさん購入する人は、置き場所に困っている
- 紙書籍をたくさん購入する人は、せっかく買った本を捨てられない
- 紙書籍をたくさん持っている人が高齢になり、老眼で読みたくても読めなくなる
- 紙書籍をたくさん持っている人が高齢になり、施設に蔵書を持っていけない
- 電子書籍で購入したくても、紙書籍しか販売していない
これ以外にも、視覚障害者は紙書籍が読めないので、現実問題としてOCRとテキスト読み上げソフトでしか本の中身を知ることができないというようなニーズもありますが、ちょっと論点がぼやけてしまいますのでここでは省かせて頂きます。
著作権者や出版社が問題としている点
- 自炊データがユーザーによってネットにアップされてしまうこと
(※「公衆送信権の侵害」ということで既に法規制されている)
- 自炊代行ではなく、データを使い回して無断販売されてしまうこと
(※「複製権の侵害」ということで既に法規制されている)
- 裁断後の紙書籍が再流通してしまうこと
(※これは合法行為)
ユーザーが自分のデータをアップロードしてしまうとか、自炊業者によるデータの使い回し無断販売というのは、メールアドレスなどの個人が識別できるメタデータを納品データ(PDF)に埋め込むという”ソーシャルDRM“によってかなりの部分が抑止できるのではないかと思います。三田さん辺りは、もっとガチガチのDRMでストリーミング配信するような方向性を考えているようですが。
問題は、裁断後の紙書籍が再流通してしまうこと。これは、合法だから止められないわけです。これを著作権者・出版社としては恐れており、なんとか自炊代行業者を抱き込むことで、裁断本の再流通を防ぐ方向へ持っていきたいという強い意向があるというのをヒシヒシと感じました。「合法であれば何をやってもいいというわけじゃない」という言葉がそれを象徴しています。
しかし、もっと根本的な問題があります。恐らく「裁断してスキャン」という自炊はもうすぐなくなり、非破壊スキャンによる自炊が主流になるはずです。そうなれば、「裁断本」みたいにスキャン目的にしか使えない本ではなく、普通の古本と何ら変わらない本が二次流通することになります。そしてそれはまぎれもなく合法行為だから止められないし、古書市場へ出まわってしまったら裁断本のように区別はつかないのです。
要するに、これまでのところ紙書籍の自炊は音楽CDのリッピングほど簡単ではなかったから、まだ音楽CDと同じ運命を辿っていないというだけの話。簡単になってしまえば、音楽CDが辿った道を紙書籍も辿ることになるでしょう。
そうなる前に、紙書籍を電子データに”変換”する際には、裁断してあろうがなかろうが破棄するというシステムを構築しておきたい、というのが著作権者・出版社の意向なのかな、と。紙から電子データに”変換”した際に、裁断本だろうがなんだろうがきっちり破棄処分し、PDFにはちゃんとメタデータを埋め込んでくれるような”優良業者”には許諾を与えますよ、と。ボクは、この会はそういうボールが投げられた場だった、という理解をしました。
さてこの投げられたボールに、自炊代行業者がどう応えるか。今後の展開が楽しみです。会の終了後、瀬尾さんに挨拶をして「情報はオープンにして下さいね」とお願いしておきました。
結局のところ、根本的には電子書籍で購入したくても、紙書籍しか販売していないというところがユーザーにとって最大の問題ということになると思います。逆に、著作権者・出版社としては、過去の出版物にコストをかけて電子化したとして、そのコストが回収できるか?という問題にぶち当たるわけです。
仮に、電子化には1冊あたり2万円のコストがかかるとします。ユーザーには「紙より安くて当たり前」的な感覚がありますから、仮に平均販売価格を500円としましょう。電子化のコストを負担する出版社が4割、電子書店が3割、著作権者が3割という配分だとすると、出版社には1部あたり200円の収入です。電子化して100部売れればペイできるという計算になります。
平均100部売れるか?というと、現在の市場規模でその見込みはまだないと言わざるを得ないでしょう。まだそういう次元の話なのです。ただ、「卵が先か鶏が先か」という話で言えば、卵(=ラインナップ)が先になければ”市場”が拡大しないのは間違いないと思います。
そういう意味では恐らく、「自炊代行ではなく、データを使い回して”無断”販売されてしまうこと」について自炊代行業者に許諾を与える(つまり”無断”ではなくなるから合法)ことで、低コストで過去の出版物の電子化を図ると同時に、自炊代行業者から出版社・著作権者へ収益が還元される道筋を作る、という形が現実解なのではないか?という気がします。
実際問題、現状の自炊代行業者のほとんどは収益出てないらしいですからね。そのスキームから許諾料回収って、あり得ないでしょ。収益化できないから、出版社・著作権者にとって都合の悪い方法に手を出してしまうのであって、誰からも後ろ指刺されない方法できっちり収益化できるのであれば、みんなそっちに流れると思うのですよ。
既存の電子書店とバッティングする? そこは、差別化戦略しかないですよ。少なくとも、紙書籍から単純にスキャンしただけのデータを販売するやり方は、確実に価格競争だけの次元になるでしょう。例えば集英社のフルカラーコミックとか、角川系がよくやっている電子版だけに付いてくる特典イラストとか、出版社側には合法的に付加価値を付ける手段があるわけです。単なるスキャン画像と価格で競争するのではなく、中身で差別化すればいいのです。
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少なくとも、”電子は紙の廉価版”という方向性に、明るい未来はないと思います。