「Web投げ銭(ソーシャルパトロン)」が文化として根付く日はくるか

先日書いた、非破壊自炊が音楽CDのリッピング並みに手軽になったら?という記事で、このまま電子書籍の市場がうまく立ち上がらなければ、無料海賊版が広まっていく一方になり、収入が得られないクリエイターは廃業、いずれ読者は良質なコンテンツを手に入れられなくなってしまう、という将来への危惧を述べました。

また、「炎上マーケティング」に乗らないようにするためにはという記事では、ページビューを増やすためには何でもありという風潮への危惧と対処方法(無視する)について述べました。しかしこれは結局のところ、Webコンテンツから効率的に収益を得られるのは「広告」だけというのが要因なので、煽りデマ発信源が無視され消えたとしても、恐らくまた新たな煽りデマ発信源が生まれてきてしまうことでしょう。

ところで最近、Twitter有名人の津田大介さんがあちこちでこんなことを言っています。

例えば、Facebookには「いいね」ボタンがあります。誰かがいいことをして、またはしようとしていて、それに共感して「いいね」ボタンを押せば10円、100円といった形で送金できるシステムになればいいなあと思っています。

http://bizmakoto.jp/makoto/articles/1112/21/news007_2.html

僕は、今後寄付がブームになるんではないかなと思っているんです。それは3.11がもたらした大きなものかなと思っています。たとえばFacebookであれば、僕らは今は「イイね!」ボタンを押すしかないけれども、それだけじゃなくて、「イイね!」ボタンを押したら、10円、50円、100円…とか送金できる機能が今後広がってくるはずです。

http://blogos.com/article/27817/?axis=&p=3

これを読んだ時ボクは、「あ、これって『Web投げ銭』のことだな」と思いました。

「Web投げ銭」の概念が最初に提唱されたのは、1998年4月のようです。

現在のWEBの情報発信は、大きな通りで、芸を延々と見せている状態に近い。だれか、後ろに旗を持って立ってくれる広告主が現れない限り、その芸にはだれもお金を払ってはくれないのだ。もしかしたら、ちょっとばかりカンパしてやろうという気持ちも見ている方にはあるかもしれないのに、そこに空き缶や帽子が無いためにお金を投げ入れることができないのだ。

http://www.hituzi.co.jp/hituzi/9804ns.html#part4

これは、松本功さんの書いた「投げ銭」システムを提唱する文章です。これを元に、投げ銭システム推進準備委員会が設立されましたが、現在では稼動していないようです。

そして、これを参考に「ろじっくぱらだいす」のワタナベさんが2002年の5月に「Web投げ銭」の提唱を行いました。現時点で通算1億6,684万アクセス、当時ブームだったテキストサイトの中でも最大手の「ろじっくぱらだいす」による提案というのは、かなりインパクトがあったようです。しかし、「試みとしては面白いが難しいのでは?」「超大手しか投げ銭はしてもらえないのでは?」といった否定的な反応も多かったようです。

この件について、ASCII.jpに2009年1月のインタビュー記事が載っていました。

―― この試みは成功しましたか?

ワタナベ 開始当初はけっこういただきましたね。でも最近は、かなり落ち着いてしまいまして(笑)

お金を稼ぐことを目標に置くなら、多くの場合、普通に仕事するほうが効率的ですし、敵も作りませんからね。

「ろじっくぱらだいす」の「Web投げ銭」についての説明には、ニフティが提供している個人間決済サービス「@pay」が紹介されていますが、これは既に2007年9月でサービス終了しています。「Web投げ銭」が今でも活発に行われているのであれば、恐らくワタナベさんが Paypal を知らないということは無いと思うので、説明を差し替えると思うんですね。つまり、当時の否定的な反応が予測した通りの未来になってしまったということです。

そして今。

このブログの上部にも貼ってある Grow! や、NEC の BIGLOBE がやっている Pochi や、Webマネーがやっているぷちカンパといった、「ポイントを贈る」という形式の、ソーシャルパトロンと呼ばれるサービスがいくつも立ち上がっています。

しかし、これを単独で事業化するのは、恐らく至難の業だと思います。大道芸人やストリートミュージシャン相手であれば、財布からお金を出して目の前の空き缶や帽子に入れるだけでいい。Webの場合、まずそもそもボタンがあっても大半の人が何のことか判らない。ボタンをクリックして説明を読み、趣旨に賛同したしたら、今度は個人情報やクレジットカード情報などを入力しなければならない。そして、現金をポイントに変えて……と、最初が非常に面倒なんですね。

Amazon や iTunes への登録みたいに欲しい物を手に入れるという目的があれば、最初の障壁を乗り越えるのはさほど難しくありません。しかし、少額のカンパを目的として、わざわざ個人情報やクレジット情報を登録する人は極めて稀だと思います。

恐らく津田さんが可能性を見出しているのは、Facebook や Google のような既に個人情報を入手済みの企業がこういった仕組みを本格的に導入してくれば、というところだと思います。逆に言えば、Facebook や Google くらいの利用者を既に抱えているところじゃないと、事業化はできないのではないかな?と。

しかし、もう一つボクが危惧していることがあります。特に日本では、大道芸人やストリートミュージシャン相手でも、「投げ銭」という文化が廃れてきてしまっているのではないか?ということです。

お捻りを投げるとか、タニマチになるといった行為は、心にも金銭にもゆとりが無ければできません。保存用・観賞用・布教用で3冊買うという話も同様で、これだけ経済が停滞していて、収入も少なくなり、消費税率もアップしてしまうとなると、今後ますます財布の口は固くなってしまうでしょう。

余談ですが、ニコニコ動画のタグに「振り込めない詐欺」というのがあります。質の高いコンテンツを提供してくれたクリエイターに対し、敬意と感謝のみならず、お金を払うという行為にまで至るかどうか。ピアニート公爵というニコニコ動画では有名なピアニストがいますが、彼は今年ファーストアルバムを発売しました。「振り込めない詐欺」のタグは、「やっと振り込める」に変わりました。が、現時点でニコニコ市場で売れたのは672枚です。ニコニコ動画発のクリエイターなのに、寂しいことだよな、と感じました。もっとも、ボクはニコニコ市場を経由せず直接Amazonで購入しましたので、そういう人は案外多いということなのかもしれませんが。

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Facebook の「いいね!」ボタンにしても、Google+の「+1」ボタンにしても、言ってみれば拍手や声援のように、お金のかからない行為だからこそ活発に行われているのは間違いないと思います。それが仮に1回10円でもお金がかかるようになったら? 恐らく、ボタンを押すという行為は激減することでしょう。また、時間にも心にもお金にもゆとりのある、本来ならタニマチとなるべき世代(高齢者)が、ITには慣れ親しんでいないというのも大きいと思います。

しかし、ソーシャルネットワークでの情報の広がり方を見ていると、もしかしたら……という期待感もあります。面白いネタ、感動的な話、美しい歌声などは、びっくりするほど拡散し、びっくりするほど反響があるんですね。テキストサイトやブログでは、考えられなかったような状況になっていると思います。ボクの何気ないツイートが、950回もリツイートされて、249人にお気に入りされるなんて、Twitterを始めるときには考えもしませんでした。

たまたま今まではうまくいってなかっただけで、もしかしたらあっという間に普及するようなことがあるかもしれません。Webの世界はドッグイヤーですから。

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