昨年末に、文化審議会著作権分科会出版関連小委員会が開催され、「電子出版権を創設すべし」との最終報告書が出ています。1月29日に行われたJEPAセミナーは、この報告書作成に関わった弁護士の松田政行氏(上写真)から内容の紹介と、電子出版権創設後に出版社は著者とどういう契約を結ぶべきか? というアドバイスでした。
とくに終盤で述べられたアドバイスについては「なるほど、そういうやり方をするのか……」と驚くとともに、やはり著者側も契約についてちゃんと理解しておかねばならないということを再認識させられました。
以下、セミナーの内容を、自分の理解の範囲で噛み砕いて説明します。約5000文字あるので、忙しい方(とくに著者の方)は「電子出版やらなくても済む、逆オプション契約」以降だけでも目を通しておくことをお勧めします。もし間違っているところがあれば、ご指摘いただけると幸いです。
現行著作権法上の出版社の地位は、どうなってるの?
出版社(者)は、著作権者と出版に関する契約書を結ぶことで、出版を独占できる地位が保障されます。ただし、この「出版権」だと電子出版は独占できず、出版社には差し止めをする権利がない形になっています。
だから海賊版が出た場合、差し止めをするには著者自身が原告になる必要があり、出版社は著者に「自分が原告になる」という委任状を取りに行くそうです。ただ、そういう委任状は著者が嫌がるケースも多いとか。
もちろん著作権を譲渡する契約であれば、出版社が著作権者になるので問題はありません。ただ、実務上そういう契約を結ぶケースは、極めてまれのようです。
実際には、著作権法第79条(出版権の設定)と第80条(出版権の内容)に基づき、著作権法21条(複製権)の「文書または図画」に限定した権利を出版社が専有する形になる契約が多いそうです。これには「出版の義務(6ヶ月以内)」とか「出版権の存続期間(基本は3年間で、自動更新になっている契約が多い)」といった縛りがあります。
また、雑誌などでは「出版許諾契約(独占/非独占がある)」が多いそうです。これは著作権法第63条(著作物の利用の許諾)に基づくいわゆる「ライセンス契約」で、独占的契約を結んだとしても、紙の出版物であっても、第三者に対する差し止めはできないという弱いものになっています。
逆に言うと、現行法でも著作権を一部譲渡する契約を結べば、出版社は紛争当事者になれるのです。海賊版対策だけが目的なのであれば、そうすればいいではないか、という意見もあちこちで目にします。
いろいろな団体からいろんな案が出てたけど、結局どうなるの?
前提として、平成2年6月に「著作権審議会第八小委員会(出版者の保護関係)報告書」で、「創作に近い活動を権利に持ち上げよう」ということで「版面権」を作ろうという方針が一旦決まったのですが、経団連からの猛反対により立ち消えになっている過去があります。
今回の経緯としては、平成22年6月ごろ、出版業界(書協など)から「電子的海賊版への対策」と「出版者の固有の利益の保護(投資回収保護)」を目的として、出版者の権利のあり方についての要望や提言がなされます。
これは以前の「版面権」とは異なり、レコード製作者と同様の「著作隣接権」を出版物にも設定して欲しいというものでした。それを受け、平成24年6月に「中川勉強会」から「著作隣接権創設」という中間報告が出されます。
これに対し平成25年2月、経団連から「電子出版権」の新設を求める提言がなされます。これは「著作隣接権」創設への反対意見であり、「出版者の固有の利益の保護」よりも「流通利用の円滑化」を図るべきだというものです。
このころ、漫画家の赤松健さんが「出版社が著作隣接権を求める理由」について講談社に説明を受けに行くなど、出版社と著者とのあいだにも緊張が走っていました。海賊版対策なんてただの建前で、出版社の利益を優先するために著者から権利を奪おうとしているのではないか、と疑われていたのです。
◆「なぜ出版社は「著作隣接権」が欲しいのか」- 赤松健の連絡帳
http://kenakamatsu.tumblr.com/post/19395239269/rinsetsu
そして平成25年4月、中山信弘東大名誉教授ら法学者・実務家6名の連名で「出版社の権利のあり方に関する提言」が公表され、同日、中川勉強会の方針としても承認されます。これは、経団連から提案された「電子出版権」創設という方向性です。
結局、今回の文化審議会著作権分科会出版関連小委員会最終報告書では、著作権法第79条(出版権の設定)と第80条(出版権の内容)の他に、「電子出版権」という条文がパラレルに設けられる形になりました。「電子出版権」創設でほぼ確定といっていいでしょう。著作権法改正案は次の通常国会で提出される予定ですが、この報告書の内容そのままであれば全会一致で問題なく決まるだろう、とのことです。
ただ、出版業界は「いままで使ってる契約書の文言そのままで電子出版権もついてくる形にして欲しい(一体化論)」という主張をしています。ほとんどの学者は過去の判例から「電子出版権が契約書に書いてなきゃダメ(非一体化論)」という意見が圧倒的なのですが、「どうしてもやりたいなら、あとは政治家に働きかけをすれば?」ということで両論併記になったそうです。どのみち、契約書の文言に「電子出版は含まず」って書いてあったら一体化論でもダメだとか。
出版業界はもう一つ、紙の出版権だけ(要するに過去の契約)でも、全く同じ版面を使った電子出版だったら差し止め請求ができるような「みなし侵害規定を作ってくれ」という要求をしているそうです。これは報告書には盛り込まれていないので、立法段階で政治家に働きかけをするだろうとのことでした。
報告書の言葉の定義
「電子書籍」:パソコン、携帯電話、専用端末等の機器を用いて読まれる電子化されたコンテンツ
「電子出版」:電子書籍の企画・編集から配信に至る行為
ここは「中間まとめ」では「電子書籍をインターネット等を通じて配付すること」となっていたのですが、出版業界側からの意見で文言が修正されたそうです。企画や編集をしないで配信だけをする奴らは「出版社」ではなく「出版エージェント」だから対象外にする、という意図があるそうです。
「電子出版の権利の内容」:複製権(サーバー内に格納)+公衆送信権(自動公衆送信に限らない)
これは、将来的に「放送」の形態で出版する可能性だってありえるから、ということのようです。これにより、印刷物の出版権は複製と頒布の権利、電子出版は複製と公衆送信の権利、という定義ができました。
「再許諾」:出版社がコンテンツを自ら送信するのではなく、配信事業者に許諾することは、著作権者の承諾を要する。
これは、現行著作権法第80条3で「出版権者は、他人に対し、その出版権の目的である著作物の複製を許諾することができない」とあり、それは電子出版権でも同様だということのようです。つまり、著作権者にナイショで勝手に権利譲渡するような真似はできないというわけです。
今後、出版社はどのような契約実務を行えばいいか?
松田弁護士はかなり出版社寄りの方のようで、出版社に対し今後どのような契約実務を行っていけばいいかを随所で語っていました。「電子出版権創設前から動いておくべきだ」という趣旨のことをおっしゃっていたので、今後の契約書は従来のものと変わってくるかもしれません。松田弁護士は、次のような点を挙げていました。
再許諾の条項を入れておくべき
まず、電子出版権でも複製権の無断譲渡はできず、著作権者の許諾が必要になります。松田弁護士は、著者が「いいよ」と言えばできるのだから、今後は契約書に再許諾の条項を入れておくべきだと提案します。まあこれは、自社で電子書店を持っていたとしても、Kindleストアなど他の電子書店へ販売委託するケースも多いわけですから、ある意味当然のことでしょうね。
雑誌記事にも電子出版権設定契約
また、デジタル海賊版対策として、雑誌記事にも電子出版権設定契約を結ぶことが求められるだろうと松田弁護士はいいます。雑誌の場合、個々の記事について契約書を結ばないのが実務ですが、署名捺印しないと新しい制度が利用できないし、許諾契約だけだと著作権法改正後であっても出版社が差し止め請求できない立場になってしまうのだから、なるべくちゃんとやりましょうね、とのことでした。もしできないなら、最低限メールで「当社のポリシーはこうです」という許諾くらいは取るべきでしょうね、と。
著作権登録制度の利用
他にも、民法の法理で、「正当な利益を有する権利者」の場合「登録」が必要、というものがあるそうです。著作権は自然発生する権利ですが、別途著作権登録制度というのが存在します。日本ではこれまであまり著作権者が二重で契約を結んでしまったようなケースというのはなかった(宇宙戦艦ヤマト事件というのが存在する)のですが、今後は増えるかもしれないそうです。
そういう場合、権利的には「登録」している方が絶対的に強いです。著者の方々も「電子出版」ビジネスがあることを理解しているので、紙は出版社と契約しても「電子はAmazonとやる」という話になるかもしれません。そしてAmazonやGoogleのような企業はきちんと登録するでしょうから、出版社はもし裁判したら負けますよ、という話をされていました。
法改正前から紙と電子を両方含んだ形で
電子出版権設定契約が新設されることになったとはいえ、出版業界一体化論、経団連は非一体化論(二本立て)を主張していて、報告書は両論併記、これから政治家が動くという状況です。だから、春から使う契約書では、紙と電子を両方含んだ形にした方がいいと松田弁護士は提案します。
出版社は、著者との入り口を握ってるんだから「ウチで電子出版もやります!」って言えるアドバンテージがあるのだから、それくらいの努力はしろよ! という思いがあるそうです。ただしその場合、著者を説得しなければなりません。出版社が「電子出版やります」と言っても、著者が「お前んとこストアやってないじゃん。どうせ他所に流すだけなら、直接やるよ」と言い出す可能性は充分にあります。
電子出版やらなくても済む、逆オプション契約
また、セミナーの最後の最後で、個人的に衝撃的な提案がありました。それがタイトルの「逆オプション契約」です。松田弁護士は「紙だけの方が儲かります」という考えをお持ちで、仮に出版権・電子出版権両方の契約を結んでも、電子は出さずに紙だけ出すというケースが出てくると考えているそうです。
出版権には著作権法第81条で「出版の義務」が定められており、出版権の設定契約を結んだら6ヶ月以内に出版する義務が発生します。ただし、同条には「ただし、設定行為に別段の定めがある場合は、この限りでない」という条文があります。これをうまく利用しましょう、というのです。
電子出版をやってなかったら、実態を反映していない無効な契約だと言われる可能性があります。だったら、初めから「いまは電子版を出しません」という合意を著者とのあいだで結んでおけばいい、と。また、電子出版をやってなくても「登録」はできるので、権利的に負けないためにはやっておくべきでしょう、とのことでした。
著者は何に気をつけるべきか?
この最後の「逆オプション契約」を設定すると、著者としては電子出版をやりたいのにやれない、という状況に陥る可能性があるように思います。「ウチで電子出版もやります!(ただし紙で充分儲かってからね!!)」というオプションをこっそり契約書の文言に入れられてしまうかもしれないのです。
アメリカでも日本でも、紙と電子を同時に発売した方が結果として売上が伸びるという実証データがいくつも出ているので、正直、松田弁護士が何を根拠に「紙だけの方が儲かります」と仰ったのかよくわかりません。出版社にもそういう考えをお持ちの方は、結構多いのでしょうね。
だから、「紙と電子を同時に発売したい」という意向をお持ちの著者は、今後、電子出版権契約を結ぶときには必ず発売時期を確認しておくべきだと思います。気がついたら「いまは電子版を出しません」という合意をした契約書を結ばされてしまうかもしれません。
Jurist (ジュリスト) 2014年 02月号 [雑誌]
posted with amazlet at 14.01.30
有斐閣 (2014-01-25)