「そろそろ電子出版の配信点数と、電子出版の売上高が比例するのではないか?」という仮説を出版社別・ジャンル別に検証、出版ニュース2017年3月上旬号に寄稿しました。以下、掲載時のまま、常体文章です。
出版科学研究所による毎年恒例の出版物発行・販売概況が『出版月報』2017年1月号に掲載された。2016年における紙の出版物推定販売金額は前年比3.4%減の1兆4709億円(511億円減)、書籍が0.7%減の7370億円(49億円減)に対し、雑誌は5.9%減の7339億円(462億円減)。書籍と雑誌の販売額は、41年ぶりに逆転した。
そのいっぽう、電子出版市場は高成長を維持している。27.1%増の1909億円(407億円増)。市場占有率は11.5%まで拡大した。ただし、2014年から2015年にかけては31.3%増(358億円増)、2016年上半期は28.9%増であり、金額はともかく、成長率は少し鈍化している。
大手出版社の業績は、電子に救われている
さて、紙と電子を合計すると、2016年の出版物販売金額は、1兆6618億円となる。残念ながら前年比0.6%減と、電子の高成長にも関わらず紙の減少は補い切れていない。ただし、これは全体の傾向だ。2016年に発表された決算を読み解くと、大手出版社の業績は「電子出版の好調」に支えられていることがわかる。
たとえば、講談社の第77期(2015年11月期)は、売上高1168億1500万円の減収減益。「雑誌」「書籍」「広告収入」がいずれも減少している中、デジタル・ライツ売上を含む「事業収入」は、34.8%増の218億5400万円(※1)。「事業収入」の売上比率は18.7%だが、ライツも含まれるためデジタルだけの売上は不明だ。
小学館の第78期(2016年2月期)は、売上高956億0200万円と11年連続の減収で、当期損失が30億円以上出ている。「雑誌」「コミックス」「書籍」「広告収入」「版権収入等」「パッケージソフト」がいずれも対前年比マイナス。前期爆発的ヒットとなった「妖怪ウォッチ」の反動が大きかったようだ。ところが「デジタル収入」は、54.4%増の117億3100億円と、健闘している(※2)。電子の売上比率は12.3%。
ドワンゴとKADOKAWAの共同持株会社であるカドカワは、2016年3月期の売上高が2009億4500万円。書籍IP事業778億4800万円のうち、「電子書籍」は171億3900万円。前期の88億9700万円に比べ、なんと92.6%増(※3)。書籍IP事業の22.0%が電子の売上だ。
集英社の第75期(2016年5月期)は、売上高1229億5700万円で増収増益。ただし、「雑誌」「書籍」「広告」はいずれも減少している。ところが「その他」が27.8%増の318億8900億円と、成長を牽引している(※4)。「その他」のうちわけは、電子コミックスを含む「Web」が48%増の121億8200万円、「版権」が13%増の121億3300万円、「物販等」が25%増の75億7500万円(※5)。逆算すると、売上高が7億8520万円増なのに対し、「Web」は39億5092億円増なので、電子が紙の減少分を補って余りある状況だ。ただし、電子の売上比率はまだ9.9%である。
その他にも、学研ホールディングスの2016年9月期は、売上高990億4900万円で増収増益。「電子出版」は売上倍増で、単年黒字化を果たしている(※6)。光文社の第72期(2016年5月期)売上高は237億4100万円と増収減益だが、「dマガジン」や版権収入などが好調な「その他」売上が40.8%増の21億8700万円と大きく貢献している(※7)。これら2016年に発表された決算は主に2015年の実績なので、今後発表される2016年を中心とした実績は、もっと電子の売上比率が高くなることが予想される。
「電子化率」はどれくらいか?
さて、私は以前から、電子出版市場が拡大するには、ユーザーが欲しいと思う作品が市場へ供給されているかどうかが鍵になると言い続けてきた(※■■など)。要するに「売っていないものは買えない」というわけだ。そして、2016年に発表された出版社の実績を見て、「そろそろ電子出版の配信点数と、電子出版の売上高が比例するのではないか?」という仮説を立てた。
そこで、アマゾンに登録されている「本」の点数と、キンドルストアの「Kindle本」点数を比較し、「電子化率」を算出してみた。本稿執筆時点で「本」は635万8217点、「Kindle本」は52万3091点(洋書除く)。単純計算すると「電子化率」はたったの8.2%。奇しくも電子の市場占有率11.5%と近しい値である。
ただ、実際には電子版だけが存在している場合もあるため、これは少々荒っぽい試算で正確な実態ではない。たとえば、集英社のコミックスにはカラー版が1100点ほど、KADOKAWAには「ミニッツブック」というマイクロコンテンツが260点ほど存在する。残念ながら細かなところまでは把握しきれないため、前述の数字ではこれらを除外していない。正確な実態ではないことを示したいため、以下も鉤括弧付きの「電子化率」と表記しておく。
では、出版社別ではどうか? 以下に、大手出版社4社の数字だけ列挙する。この調査を行ったのは2016年10月16日。KADOKAWAは8レーベルの合計。「紙」はアマゾンに登録されている「本」の点数。「電」はキンドルストアの「Kindle本」点数。「率」は「電子化率」だ。4社以外の数字は、私のブログで公開している(※8)。
■KADOKAWA
「紙」9万6815点
「電」3万2955点
「率」34.0%
■講談社
「紙」14万1652点
「電」3万0039点
「率」21.2%
■小学館
「紙」8万8645点
「電」2万2861点
「率」25.8%
■集英社
「紙」6万6449点
「電」1万6409点
「率」26.5%
出版社から公表されている売上高は、講談社のようにライツなど他の売上が混在している場合もあるので、こちらも正確な実態は把握しづらい。しかし、だいたいの傾向として、電子の点数が多いほど電子出版の売上高も高く、「電子化率」が高いほど電子出版の売上比率も高い、という傾向があるように見える。
「そんなの当たり前」と言われればそれまでなのだが、これまでは積極的に電子化を取り組んでも、その結果が実績に結びつくとは限らなかった。それが、これだけ市場規模が大きくなってきたことで、ようやく、取り組みが実績に直結するようになったと言えるのではないだろうか。
ただし、電子出版市場の76.5%は電子コミック
ただし、ここまでの話が順当に適用できるのは、コミックなど一部のジャンルに限られる。『出版月報』2017年1月号によると、電子出版市場1909億円のうち、文字モノが中心の「電子書籍」は13.2%増の258億円、「電子コミック」は27.1%増の1460億円、「電子雑誌」は52.8%増の191億円だ。
市場占有率では「電子書籍」が13.5%、「電子コミック」が76.5%、「電子雑誌」が19.0%。紙の出版市場と比較をすると、「書籍」7370億円に対し「電子書籍」が258億円なので、合計7628億円。「電子書籍」はたったの3.4%である。
紙の「雑誌」7339億円に対し「電子雑誌」は191億円。単純計算すると雑誌市場は7530億円で、電子の比率は2.5%と書籍より低いことになる。ただし、出版科学研究所の統計では「コミックス(紙)」の約9割が「雑誌」として扱われている。同じ土俵で比較するため「電子コミック」1460億円の9割、1314億円を合計すると、雑誌市場は8844億円。電子の比率は20.5%ということになる。
逆に、雑誌市場からコミックを除外して考えると、「コミックス(紙)」1940億円の9割1746億円を「雑誌」7339億円から引いた5593億円と、「電子雑誌」191億円の合計が5784億円。コミックを除く雑誌市場における電子の比率は、まだたったの3.3%だ。「電子書籍」の比率とほぼ同じということになる。
さて次に、コミックに限定して考えてみよう。単行本の「コミックス(紙)」が1940億円なので、「電子コミック」との合計は3400億円。電子の比率はなんと42.9%である。「コミック誌(紙)」や「電子コミック誌」の数字はまだ出ていないが、前年同様の増減率だと仮定すると、コミック市場の3分の1が電子ということになる。
最近、「電子書籍の購入は作家の応援にならない」といった話題が、一部で盛り上がっている(※9)。しかし、その理由の1つとして挙げられている「紙の市場と比べると電子書籍の市場規模は大体8分の1」というのは、コミックには当てはまらないのだ。
無限の棚では過去の作品もじわじわ売れる
ただし、「電子コミック」1460億円のうち、実は相当な割合が既刊のものではないかという想像もできる。紙と電子とでは、置き場所を必要とする、しない、という大きな違いがあるからだ。紙の本を販売する書店には物理的な制約があるため、棚に置かれるのは新刊が優先される。既刊で置かれているのは、ベストセラーが中心だ。売れない本は、どんどん棚から消えていってしまう。むしろ、書店の棚スペースを確保するため、新刊を出し続けなければならないという側面もあるほどだ。
ところが電子書店には、物理的な制約がない。たとえばアマゾンのキンドルストアには、前述のとおり本稿執筆時点で52万点以上がラインアップされている。1000坪の大型書店にはだいたい100万冊の在庫があるとされているが、平積みで複数冊在庫している本もあるので、取り扱い点数的には既にキンドルストアのほうが多いかもしれない。その上、どの本も、どれだけ売れても、デジタルだから在庫切れが起きない。事実上、無限の棚スペースがあるのと同じなのだ。
これが、なにを意味するか。電子は過去の膨大な作品からも、それなりに売上が見込めるのだ。いわゆる「ロングテール」である。なにかのきっかけで話題になり、突然売れるような場合もある。予期していない場合でも在庫切れしないのは、電子の大きな強み。売り時を逃さないのだ。また、紙とは異なり再販売価格維持契約に縛られないので、テコ入れしたい場合はセールという手もある。
私が理事長をやっているNPO法人日本独立作家同盟では、文字モノの電子雑誌『月刊群雛』を発行していた(現在は休刊)。2014年1月に出版した創刊号は、最初の2カ月間の販売部数を次の20カ月間で超えた。他の号や、文庫も似たような傾向だ。
文字モノでこれなのだから、恐らくコミックならもっと顕著だろう。長く売り続ければ、じわじわと売れ続ける。数点程度ではあまり恩恵を感じないかもしれないが、これが数百点、数千点となると、じわじわ効いてくる。大手出版社なら既に、数万点の無形資産を持っているというわけだ。
「電子書籍元年」以降に絞ると?
では次に、比較的新しい本に絞って点数を調べてみよう。これまた大雑把な試算だが、紙本の点数をいわゆる「電子書籍元年」の2012年1月以降に絞ってみた。マルチプラットフォーム型電子書店の登場により、2012年以降の電子出版市場は急拡大している。恐らく点数も、それ以降に急増しているだろうという想定だ。実際、2012年7月19日にオープンした楽天Koboの有料書籍は、当初6400点程度だった。
本稿執筆時点で、2012年1月以降の「本」は137万0651点。つまり「電子化率」は、38.2%だ。新しい本でもまだこの程度。これでは、紙に比べて電子の売上比率がまだまだ低いのも、無理のない話であろう。
では、出版社別ではどうか? 同じように、大手出版社4社の数字だけ列挙する。この調査も2016年10月16日時点。4社以外の数字は、同じく私のブログで公開している(※10)。
■KADOKAWA
「紙」4万0204点
「電」2万8490点
「率」70.9%
■講談社
「紙」3万0105点
「電」1万3331点
「率」44.3%
■小学館
「紙」2万2271点
「電」8501点
「率」38.2%
■集英社
「紙」1万3976点
「電」4450点
「率」31.8%
KADOKAWAの「電子化率」の高さが際立っている。これだけ積極的に電子化しているからこそ、電子出版の売上高も急激に伸びているのだと断定できる。弾がなければ、撃つことはできない。繰り返しになるが、「売っていないものは買えない」のだ。
コミックでさえ「電子化率」はそれほど高くない
では次に、コミックに絞って実態を確認してみよう。本稿執筆時点で、紙のコミックは36万3150点。キンドルストアには、17万8662点のコミックがあるので、「電子化率」は49.2%だ。全体の「電子化率」8.2%と比べたら段違いに多いが、それでも半分以下だということに驚かされる。比較的電子化しやすいコミックでさえ、実は「電子化率」はまだそれほど高くないのだ。
では出版社別ではどうか? 以下の数字は同じく、2016年10月16日時点の調査。「電」の末尾に記してある%は、電子の配信点数全体に対する電子コミックの点数比率だ。4社以外の数字は、同じく私のブログで公開している(※11)。
■KADOKAWA
「紙」2万1103点
「電」9758点(29.6%)
「率」46.2%
■講談社
「紙」4万8794点
「電」1万8676点(62.2%)
「率」38.3%
■小学館
「紙」4万6304点
「電」1万8738点(82.0%)
「率」40.5%
■集英社
「紙」3万5116点
「電」1万2246点(74.6%)
「率」34.9%
ご覧のように、大手出版社が軒並み平均を下回っている。許諾をとりたくても著者が見つからない、電子化のコストをかけても売上がそれほど見込めない(と思われている)などの理由が考えられるだろう。
2015年1月に施行された改正著作権法では、電子の出版権は別途設定可能なので、紙と違う版元から電子だけ復刊しているようなケースもある。出版契約を解除し、著者自身がセルフパブリッシングしているケースもある。
また、KADOKAWA以外は、電子コミックの点数比率が異様に高いこともわかる。電子出版市場のうち「電子コミック」が76.5%というのも、これなら納得できる。要するに、コミック以外の「電子化率」がまだ低すぎるのだ。
デジタルデータが存在しなくても紙からスキャンすればいいコミックに比べ、検索性やアクセシビリティを考えたらリフロー型が望ましい文字モノは、電子化に要するコストが大きいわりに売上が見込めない、と思われているのが恐らく最大の理由だろう。
「電子書籍元年」以降のコミックは?
では、コミックも比較的新しい本に絞るとどうか? これまでと同じように2012年1月以降で検索すると、本稿執筆時点で紙のコミックは10万6308点。なんと、電子コミックの点数のほうが多いことになってしまう。恐らく、2011年以前に出版されたコミックが数多く電子化されているからだろう。
実は、キンドルストアに登録されている出版年月日は「電子版が配信されたとき」だったり「底本が出版されたとき」だったりするので、アテにならない可能性が高い。いちおう2016年10月16日時点の出版社別点数も列挙する。
■KADOKAWA
「紙」1万1470点
「電」8451点
「率」73.6%
■講談社
「紙」1万4619点
「電」7827点
「率」53.5%
■小学館
「紙」1万1713点
「電」5645点
「率」48.2%
■集英社
「紙」7597点
「電」2712点
「率」35.7%
コミックでも、KADOKAWAの「電子化率」は飛び抜けている。2012年1月以降全体の38.2%に比べると、講談社、小学館もなかなかのものだ。集英社だけが平均を下回っている要因は、今回の調査ではわからなかった。
「電子書籍」や「電子雑誌」市場はどうすれば拡大するのか?
さて、ここまで見てきたように、文字モノの「電子書籍」や「電子雑誌」の市場はまだまだ小さい。これらの市場がコミックのように拡大するためには、どうすればいいのだろうか?
私は「売っていないものは買えない」に尽きると考える。コミックの新刊は、いまではほとんど電子化されている。ところが文字モノは、新刊でも電子化されていない場合が多い。紙の出版から数カ月遅れで電子が出ることも珍しくない。
例外は、ライトノベルとアダルトくらいだ。本稿執筆時点でライトノベルは、紙が5万3866点、電子が2万4552点、「電子化率」は45.5%。アダルトは、紙が8万6374点、電子が3万7664点、「電子化率」は43.6%。どちらもコミックとほぼ同等だ。恐らく電子の売上比率も、それなりに高めだろう。
他ジャンルの「電子化率」はもっと低い。文学・評論は、紙が41万3492点、電子が9万3357点、「電子化率」22.6%。趣味・実用は、紙が15万0496点、電子が2万1115点、「電子化率」14.0%。人文・思想は、紙が33万6532点、電子が3万5952点、「電子化率」10.7%。あとはみんな10%未満である。電子の売上比率がたったの9.9%というのは、むしろ当然のことだ。
以前は、XMDFやドットブックなど複数のファイルフォーマットを用意しなければならず、電子版の制作には手間がかかった。しかし、いまはオープンフォーマットのEPUBで制作すれば、プロプライエタリな規格のキンドルを含めほとんどの電子書店に対応可能になった(もちろん若干のイレギュラーはある)。また、EPUBを制作するためのツールも数多く存在する。紙と電子を同時に制作できるツールもある。
もっとも、レイアウトが複雑な実用書などは、現時点のEPUBでリフロー型にするのは困難だ。やりたくてもやれない、というのが現実だろう。仮にウェブブラウザでは再現可能でも、EPUBのビューア側がまだ対応していない場合が多い。いまだに画像に対する文字の回り込みや、キャプションにも対応できないのだ。複雑なレイアウトの本は、電子雑誌と同じように、固定レイアウト型で配信するのが妥当と思う。が、ストア側の規程で弾かれてしまう可能性もあるのが辛いところだ。
EPUBの規格は、IDPFがW3Cに統合したことで、恐らくバージョンアップ速度が遅くなる。その代わり、新しい機能はビューア側でしっかり実装されてからリリースされる。であれば、いまは実現困難なことを無理にやろうとするより、実現可能なことを着実にやっていくこと。せめて小説の新刊くらいは、電子も同時に出して欲しいものだ。
【出典】
(※1)「新文化」2016年3月3日号
(※2)「新文化オンライン」2016年5月27日
(※3)「新文化オンライン」2016年8月26日
(※4)「KOTB」2016年9月6日
(※5)カドカワIR資料2016年3月期
(※6)学研ホールディングスIR資料2016年9月期
(※7)「新文化オンライン」2016年8月23日
(※8)「見て歩く者」2016年10月16日
(※9)「KAI-YOU.net」2017年1月31日
(※10)「見て歩く者」2016年10月16日
(※11)「見て歩く者」2016年10月16日
(初出:出版ニュース2017年3月上旬号)