『アンダーグラウンド・マーケット』刊行記念・藤井太洋氏×山形浩生氏「仮想通貨の産む闇と光」トークイベントレポート

藤井太洋氏×山形浩生氏

4月4日に下北沢の本屋さん「B&B」で行われたアンダーグラウンド・マーケット』(朝日新聞出版)刊行記念の、藤井太洋氏×山形浩生氏「仮想通貨の産む闇と光」トークイベントレポートです。

山形浩生氏はトマ・ピケティ『21世紀の資本』の翻訳者の一人です。余談ですが、いままでお世話になった書店への還元を先にしたいという意向(出版社?他の翻訳者?)があるそうで、当分電子化されることはないそうです。

商業デビュー作『UNDER GROUND MARKET』から『アンダーグラウンド・マーケット』へ至るまで

藤井太洋氏

タイトルがアルファベットの初代『UNDER GROUND MARKET』は、実は藤井太洋氏の商業デビュー作です。最初は朝日新聞出版『小説トリッパー』2012年冬号に掲載。この頃はまだ会社員で、通勤電車でiPhone執筆していたそうです。

その電子版も朝日新聞出版から出ています。こちらの発売は2013年2月1日で、紙の本換算で23 ページ。林智彦氏の解説が熱い!

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早川書房から『Gene Mapper -full build-』が出たのが2013年4月30日。

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2013年10月25日からKindle連載として一話づつ配信された『UNDERGROUND MARKET ヒステリアン・ケース』は、初代『UNDER GROUND MARKET』の序章のような位置づけ。前日譚と言って良いでしょう。

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『UNDERGROUND MARKET アービトレーター』は、初代『UNDER GROUND MARKET』をKindle連載として大幅リライトして配信。最終話の更新寸前にビットコインの東京取引所マウントゴックスが取引停止・破綻(2014年2月)してしまったため、ビットコインを前提として書いてたラストシーンを大幅に書き直すことになったそうです。2014年3月27日発売。

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そして今回発行されたカタカナタイトルの『アンダーグラウンド・マーケット』は単行本256ページで、第1部が「ヒステリアン・ケース」、第2部が「アービトレーター」という構成になっています。

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藤井氏は『Gene Mapper』が初めて書いた小説であり、初代『UNDER GROUND MARKET』も今読み返すと恥ずかしくなっていまうような部分があるため、『アンダーグラウンド・マーケット』はかなり改稿したそうです。読んでみましたが、下敷きになっている前三作品を読んでいる方でも、もう一度楽しめる内容になっています。スピード感と、読後の爽やかさが印象的な作品です。前三作品と比較をしてみるのも面白いかも。

二重経済の派生の仕方が非常に面白い

山形浩生氏

『アンダーグラウンド・マーケット』は、仮想通貨のN円が流通する移民世界がオリンピックを控えた東京に誕生しており、いざこざが起きると法律で裁かれるのではなくアービトレーターが仲裁する、という世界観です。陰謀に巻き込まれ、主人公の目の前に突然アービトレーターがやってくるけど、主人公たちには理由がわからない……というようなあらすじです。

山形氏は、カンボジアで自国通貨(リエル)が脇に追いやられ米ドルに席捲されているのをどうやったら元に戻せる? というのが今問題になっており、そういうアジアの在り方が『アンダーグラウンド・マーケット』には描かれているように感じたそうです。二重経済の派生の仕方が非常に面白い、と。

藤井氏は初代『UNDER GROUND MARKET』を書いた後に、ジャレド・ダイアモンド氏の『昨日までの世界―文明の源流と人類の未来』を読み、『ヒステリアン・ケース』と『アービトレーター』の世界観の構築に影響を受けたそうです。確かに、初代『UNDER GROUND MARKET』では描かれていなかった、東京に移民が大勢住んでいて別の経済圏を築いている情景が、『アンダーグラウンド・マーケット』では克明になっていました。

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この世界観を山形氏は「村社会というか、連帯責任的なところは『世界が村になる』みたいな感覚」と評します。例えばソマリランドでの罪の償い方はラクダ何頭、みたいな形で、とりあえずその場を収める、というのが重要視されているそうです。

国家と部族と地域コミュニティがわけわからなくなって、しまいにはイスラム国みたいな存在も出てきてしまう。そういうのが入ってくる前のところで、アジアのマーケットみたいなのが成立しているという設定は、うまい仕組みだと思ったとか。

藤井氏は、データが消えないネット社会になって、村社会的な解決方法がもしかしたら有効なのかも、と思うようになったそうです。いつまでもソーシャルメディアでストーキングし続けるより、その方が建設的だろう、と。

続編も!

山形氏が続編について尋ねると、藤井氏は「書きます!いいですよね?」と編集担当者に同意を取ります。仮想通貨、二重経済の話にもっと踏み込んでいきたいそうです。別の通貨(外貨)という場合もあれば、同じ通貨の中でもあり得るという話の流れで、中国の古い紙幣が取り出されます。

1980年代くらいに流通していた紙幣で、公式には元と1対1なんだけど、価値の高い紙幣だそうです。輸出入時だけ使える別の通貨も存在しているそうで、「人民元が公式通貨なんてちゃんちゃらおかしいぜ」みたいな世界があるとか。

『アンダーグラウンドマーケット』はN円が日本円と1対1で交換できる設定ですが、N円には税金がかからないのだから、その価格差をうまく利用すればN円の仕組みを提供している〈アイペイペイ〉が潰せるはずだ! と山形氏は言います。N円はちょっとよくできすぎてると感じたそうです。山形氏はどうやったら潰せるかを考え続けているそうで、藤井氏は「見つけたら是非教えてください」と返していました。続編は、そんな話になるかも?

その後、ジンバブエの100兆ドル札が出てきて、どうやって通貨の信認を回復させるんだろう? という話で盛り上がりました。壹角(10分の1元)札がまだ山の方では流通しているとか、少額コインにはコストがかかりすぎるとか、レジの横にコインが山積みになってて端数はここに入れても使ってもいいシステム(ドンキホーテがやってますね)とか、奥地に行くとおつりがあめ玉やタバコ1本になるとか。そういう点で、仮想通貨は便利だという話に。

例えば、ウィキリークスみたいにアメリカの陰謀でクレジットカードが使えなくなっている(ペイパルも止められている)ところに、ビットコインなら寄付できる、と山形氏は言います。藤井氏も、ビットコインの使い道の半分くらいは、ウィキリークスへの寄付だそうです。

また、イスラムの非合法送金システム「ハワラ」は中央集権で動いているわけではなく、兌換券制度だという話に。ネットワークを流れている通貨の総量がわからなくても、実際には回ったりするそうです。もともと巡礼用で、宿場に交換場があり、ハワラの中にいくら流してる、というのが申告制になっているとか。原始的ではあるけど「信用」で成り立っている世界で、よくできてる仕組みなんだそうです。実は、死んじゃう人が出るから、入れたお金の方が絶対多くなるとか。

お金を使うリテラシーを、使っているだけで得られる仕組み

『アンダーグラウンド・マーケット』には〈フォース〉という会計システムが出てきます。これは藤井氏が「お金を使うリテラシーを、使っているだけで得られる仕組み」を入れられないだろうかと考えて構想した仕組みです。N円は追跡できないけど、会計システム上ではお金の流れを追跡して丸裸にできてしまうため、表に見えてる部分は納税せざるを得なくなる、と。

欧州で「俺は税金払わない!」って言うと、税抜きで売ってくれたりするそうです。お店もレジを叩かず、別会計にしているとか。お店も、税なしで仕入れるルートを持っていたり、表の帳簿に載らない世界があるそうです。そういうところを『アンダーグラウンド・マーケット』の世界の設定に入れたのだそうです。

質疑応答

会場からの質問で、『アンダーグラウンド・マーケット』に出てくる移民や日本人がみんなすごく優秀だけど、身を持ち崩した人が居るとN円のようなシステムそのものも破綻するのでは? というものがありました。

藤井氏は、現実の世界と同じ程度に身を持ち崩すだけで、破綻はしないと想定しているそうです。クレジットヒステリーのように、信用グレードがいつまで経っても上がらないだけで、現実とほぼ変わらないようにしているそうです。

米国のクレジットヒストリーは、取引履歴の積み重ね。デパートのストアカードは作りやすいから、そこから信用ポイントを高めていく、みたいな感じなんだそうです。公共料金をクレジットカードを支払えるようになるのが、最初のステップだそうです。クレジットカードが使えない人は、小切手なんだとか。

山形氏は「すごく優秀な人ばかりが『アンダーグラウンド・マーケット』の世界で日本に来ているのは、正しいと思う」と言います。海外進出した日本企業が、マネージャーレベルの人を採用できない、というのが悩みになっているそうです。日本企業が日本人ばかり優遇するのがバレているとか。

藤井氏は、iPhoneの組み立て工場を例に挙げます。iPhoneの工場規模だと、管理職ができるような優秀な人間が2000人必要で、それだけ優秀な人を集めるには中国くらいしかできないとか。Appleはベトナムにも工場を作ったけど、中国の100分の1くらいの規模なんだそうです。

電子版も出ます!

『アンダーグラウンド・マーケット』はまだ紙しか出ていませんが、やっぱり商業展開には紙なんでしょうか? という質問がありましたが、電子版がまだ出てないのは単なる手違いなのだそうです。藤井氏は電子版売上の割合が大きいから、電子版出さないことは考えられないとか。

シチュエーションに対し、人がどう立っていられるか? を描き続けたい

会場からの「今後、どういうテーマを?」という質問に、藤井氏は「シチュエーションに対し、人がどう立っていられるか? を描き続けたい」と答えました。来年は創元で軌道エレベーター、早川で無人兵器をやるそうです。いろいろ楽しみですね。

なお、藤井太洋氏の最新作『ビッグデータコネクト』は本日発売。文庫オリジナルで、こちらは警察小説です。電子版も同時に出ています。

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