電子書籍市場をもっと拡大するには? ── 電流協新世代コンテンツメディア研究会 統括討論会レポート

新世代コンテンツメディア研究会 総括討論会

一般社団法人電子出版制作・流通協議会(電流協)が5月28日に行った、新世代コンテンツメディア研究会の総括討論会「電子書籍の新しい方向性」のレポートです。同研究会では2013年9月から計6回、電子書籍の今後の可能性と市場拡大のための討議が行なわれており、その成果発表および討論という位置づけです。

コーディネーターは研究会の座長で国立情報学研究所の高野明彦氏、パネラーは「マガジン航」編集人 仲俣暁生氏、ブックウォーカー「ミニッツブック」編集長 松山加珠子氏、インプレスR&D代表取締役社長 井芹昌信氏、東京大学教授 影浦峡氏。このうち研究会のメンバーは、高野氏・井芹氏・影浦氏です。

パッケージ発想からの脱却は可能か?

研究会での討議まとめ(1) ── パッケージ発想からの脱却

  • 雑誌の持っている「読む気のなかった記事を読ませて、関心を持たせる」機能は、電子でも果たせるか?
  • 紙の場合は雑誌や出版社のブランド力で購入・読ませる要素が大きかったが、電子でそれが可能か? 編集者の独立エージェント化は進むか、進めるべきか?
  • 有料メルマガに可能性はあるか?
  • 電子の検索性、遡及性、外部性(インターネット)をどう活かすか?
  • ディスカバラビリティ(発見される能力)欠如問題をどのように解決するか?

まず始めに高野氏から、紙を電子に置き換えただけの「パッケージ」は本来あるべき姿か、もっと違った可能性が考えられるのではないか、という議題が提示されました。

そこで仲俣氏は、パッケージ発想を打ち破るには「カドカワ・ミニッツブック」や「Impress QuickBooks」のようなマイクロコンテンツとはの発想はどうなのか? と問題提起しました。

例えば、過去の岩波新書が全巻パッケージ化され、月額制で提供されるようなモデルです。小さいパッケージの方が売りやすいのか? と松山氏、井芹氏に質問しました。

研究会の座長で国立情報学研究所の高野明彦氏

研究会の座長で国立情報学研究所の高野明彦氏

松山氏は、小さいパッケージには集めて合体しやすいメリットがあるとした上で、合体した全巻パッケージが一番売れるし利益率も高いと答えました。収納場所をとらないメリットは大きいので、マイクロコンテンツとは逆に「大きいパッケージ」という方向性も考えられるし、ボーイズラブの電子版は読み放題によって発達したそうです。

井芹氏は、パッケージメディアの編集とWebメディアの編集の両方の経験を踏まえ、パッケージにすべきかどうかはポータビリティ(移動しやすさ)次第だと答えました。「Webを人にあげられますか?」「Webサイトに値段をつけられますか?」という話です。パッケージメディアとWebメディアは性質が異なるので、編集のやり方も根本的に異なるそうです。

影浦氏はそれを踏まえ、「線形代数の教科書がなぜ数センチの厚みで済むのか?」という例え話をしました。パッケージに載っていない情報は、考えたり参照することで補完できます。3万語の見出しをどう揃えるか? は辞書学に最後に残された問題だそうです。

また、高野氏はマイクロコンテンツによって読者層に変化はあるか? と松山氏に尋ねましたが、変わっていないという回答でした。短いコンテンツだから手に取りやすいか? というと、まだ一般化されておらずマーケットが広がっているとはいえないそうです。

つまり「読む人」は紙の本でも、Webサイトでも読んでいると。ゲームなどとの可処分時間の奪い合いを電子書籍で戦うのは難しく、トライ・アンド・エラーを重ねているそうです。

その他に、研究会でゲストの講談社の方から、「紙に比べ電子は既刊が(新刊より)売れる」とか「電子を出しても紙が減ることはない(カニバリは起きてない)」といった話があったことが紹介されました。

デバイスの進化で新しいコンテンツが生まれる?

研究会での討議まとめ(2) ── 新しいコンテンツはあるのか?

  • 従来の作家がそのままコンテンツクリエーターにはならない。クリエーターが電子書籍に参入するだけのインセンティブが働いていない
  • マイクロコンテンツへの着目、その利用促進機能を図書館で担えないか?
  • 役に立つものを手っ取り早く、という意味でビジネス記事は電子向き?
  • スマートフォンに合わせたコンテンツ開発が必要
  • 継続して独自の電子コンテンツを作成しつづける体制をつくれるのか?
  • 読者が本屋で買いづらいもの(エロ系)を提供することの是非
  • これまでリッチコンテンツ化がうまくいかなかったことをどう考えるか?

高野氏は次に、フィーチャーフォン時代の「電子書籍」コンテンツはデバイスに依存していたことを挙げ、スマートフォン時代に変わってコンテンツを作る人がどう変わりうるのか、従来とは違ったプレイヤーが参入するにはどうすればいいのか、という議題を提示しました。

仲俣氏は、大原ケイ氏が自身のブログに書いた記事を、編集の手を入れてマガジン航へ掲載、そこから更に「ミニッツブック」から販売するに至ったエピソードを紹介。小さいコンテンツで値段のつく、つかないの境界はどこにあるのか? という疑問を呈しました。

ブックウォーカー

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ブックウォーカー「ミニッツブック」編集長 松山加珠子氏

ブックウォーカー「ミニッツブック」編集長 松山加珠子氏

松山氏は、ミニッツブックを始めたばかりのころはKindleストアのランキングで上位だったが、既刊本の安売りが頻発して対処しきれなくなっていると愚痴をこぼしました。電子書店には物理的な在庫がないため、新しいコンテンツと古いコンテンツが同じ土俵で戦うことになってしまうのです。

ただ逆に、ミニッツブックを始めて一番喜んでくれたのは、書き手の人だそうです。紙の本には原稿用紙で200枚くらいないと背表紙が印刷できないという物理的な制約がありますが、電子なら原稿用紙30枚相当でもパッケージ化できます。特に新書ジャンルは情報の更新頻度が高いため、電子の方が供給は確実に増えるというのです。そして、書き手が増えれば、いずれ読み手も増えると予測を述べました。

井芹氏は、紙の本の編集では「章立て」行為が大変だと指摘します。新しく本を書かれる方が苦労するのは、目次なのだそうです。いきなり完全原稿なんてほとんどあり得ず、打ち合わせを重ねながら構造編集や文字校正を重ねていくのがこれまでの編集。ところが、数万字程度であれば章立てを考えなくても済むので、パッケージとして世に送り出すハードルが低くて済むそうです。

インプレスR&D代表取締役社長 井芹昌信氏

また、デバイスという観点から「電子書籍」という言葉は世の中に浸透しているだろうか? 読者はちゃんとしたイメージができているだろうか? と井芹氏は疑問を投げかけました。「本」は分かっても、「単行本」と「文庫」や「書籍」と「雑誌」が区別できないユーザーが増えてきたそうです。

例えば「テレビを見る」という行為は、実際にはテレビ受像機を見ているのであって、テレビというメディアを見ていると思っている人はあまりいないと指摘。いま「電子書籍」と呼ばれているのは、そういう意味ではEPUBビューワのことではないかと述べました。

仲俣氏は、「電子書籍」という言葉がまだ世の中に浸透していないのは、逆に良いことだといいます。日本では専用端末の時代が訪れる前にスマートフォン・タブレットの時代になっているから、意識としてはアプリやプラットフォームの方が強い、自明でないなら逆にチャンスだと指摘しました。

影浦氏は、新しいコンテンツがこれまでの本に取って代わるのか、それとも 新しく付け加わるのか、という視点を提示。また、そもそも『編集』や『本』って何だ? という根源的な部分が実は充分に議論や共有がなされていないのではないかという意見を述べました。

編集の介在と読者コミュニティ

また高野氏は、マイクロコンテンツが増え、従来のような紙の本に仕上げていくプロセスを飛ばしてしまうと、メディアとして弱っていく可能性があるのでは? という懸念を投げかけました。

井芹氏はそれに対し、編集という行為は重要だが、「編集に高度なノウハウがあって、編集者しか編集ができない」とは思っていないと返します。例えば、人気のあるブログには、読者とのやりとりの中で研ぎ澄まされた「編集」が、恐らく織り込まれているのだと。

本の最初の読者は編集者だと言われていますが、Webではダイレクト編集が行われているというのです。ただ、何百ページもあって全10章あるような本をつくろうと思うと、誰でもできるわけじゃないとも指摘しました。

「マガジン航」編集人 仲俣暁生氏

「マガジン航」編集人 仲俣暁生氏

仲俣氏は、マガジン航の編集経験で、完全原稿に近いものを初稿で入稿してくる人もいれば、熱量は高いが構造化されていない原稿の人もいるが、より多くの方に読まれているのは後者だと語ります。一般的にWebで長い文章は読まれないと言われていますが、そうとも限らない実例がある、と。

しかし、電子書籍が難しいのは、紙の本のように編集者が介在して手間暇かけてコンテンツを作るようなことが、コスト的にまだできない点。Webの場合、送り手と読者が滞留する場があり、困ったことがあれば助太刀してくれる人も現れる。ところが電子書籍の場合、まだそのような読者コミュニティが生成されていないと、仲俣氏は推察しました。

続けて松山氏も、読者コミュニティの重要性を商品開発の側面から挙げました。雑誌の場合、読者アンケートが何千通も送られてくるといった、読者コミュニティが発達しているそうです。ところが以前、松山氏が雑誌から単行本のセクションに異動したら、読者ではなく作家を見るようになってしまったそうです。例えば帯文は読者のためではなく、作家を満足させるためのものになってしまった、と。

高野氏は、EPUBのようなパッケージに、Webのような豊かな文化をすべて取り込むのは難しいと指摘。ただ、パッケージの中ではなくても、外で補完できる形になっていればいいのではないかと語りました。また高野氏は、これまで新しく生まれるコンテンツの話ばかりしてきたが、国立国会図書館のデジタル化したコレクションのような「過去の知」を読者に届けるのも編集・出版の重要な役割だと指摘しました。

これに対し井芹氏は、インプレスR&Dが始めた「NDL古書オンデマンド」を例示し、電子出版のイノベーションの1つだと強調しました。特定の人にはニーズがあるが従来の形では出版できなかったようなジャンルが、プリント・オンデマンド技術の発達により、いまの出版より桁が1つ2つ小さいレベルでの多品種少量生産を可能にしているそうです。

仲俣氏は、青空文庫の果たした重要な役割を指摘。もし青空文庫がなかったら、日本の電子書籍人口は今のように増えなかったであろうと語り、読者として面白かった経験として、いとうせいこう氏の『鼻に挟み撃ち』の書評の事例を挙げました。

『鼻に挟み撃ち』は、ゴーゴリーの『鼻』と後藤明生氏『挟み撃ち』にインスパイアされて生まれた本なので、書評を書くにあたっては『鼻』も『挟み撃ち』も読む必要があります。後藤明生氏は1999年に亡くなった小説家ですが、電子版で全集が復刻されています。ゴーゴリーの『鼻』は、青空文庫にあります。

と考えた時に、この3つを全ていっしょにした電子書籍が作れるはず、と仲俣氏は思い当たったそうです。青空文庫を勝手に編集(編纂・編成)し、「俺の好きな青空文庫」みたいな活動がもっと活発になると面白くなるだろうと語ります。

高野氏は、学術系の論文はポインターを全部含めた上で発信するのが作法でしたが、紙の本は物量の問題で含められないコンテンツがある(参照先が外にある)ので、電子であれば本が参照している先についても情報を正しく採れる、ということを考えていくのは面白いと指摘しました。

読書と読者の変容

研究会での討議まとめ(3) ── 読書と読者の変容

  • 電子書籍=本の電子版ではなく、紙と電子は使い分けるべき。読者層も別か。
  • 電子書籍は電子書籍端末で読むものという固定観念を持った人がまた多い。
  • 本とは異なる、新しい電子書籍読書のリズム感を作り出す必要がある。
  • 音声読み上げ機能の充実をもっと図るべき。

東京大学教授 影浦峡氏

東京大学教授 影浦峡氏

これに対し影浦氏は、「人はどこから読むようになる?」という視点を提示しました。親の書棚から読むとか、友人と一緒に書店や図書館に行くといった「すでに読んでいる人の世界」と「まだ読んでない人の世界」の接点が、電子書籍の世界ではまだあまり考えられていないのではないか? というのです。

このまま「読んでいる人」だけをターゲットにして商売していてはジリ貧になってしまうので、誰も考えていないわけではないはず。ただ、誰に聞いてもそこへ対する解がなかなか出てこないので、改めて問題提起をしたいと影浦氏は語りました。

その後、会場とのディスカッションに移ったのですが、高野氏からとつぜんボクが指名され、セルフパブリッシングの現状などについて「話す側」の役割を担わされるという、個人的には面白体験がありました。わお。

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